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9.にんじん

 パリで奥さんと1年暮らすことになった。1998年のこと。

 

1年暮らすとなると、ビザを取ってから入国し、入国してからはフランス国の滞在許可証を手に入れなければならない。

 

 これがかなりハードルが高い。

 

 パリに着いた翌日には、早速地元の警察署に出頭。通りと番地を頼りに、2人で警察署を探した。O番地、O番地、次はO番地・・・。パリ14区のMaine 大通りの何番地か。ずっと歩いて警察署を探す。

 

 警察にたどりついて、仮の滞在許可証を貰う。ただし、有効期間は3ヶ月。ビザ無し渡航でも3ヶ月は滞在できるので、全く意味無し。なんでこんな無意味なことをさせるのか。

 

 正式の滞在許可証、Carte de sejour (カルト ド セジュール)を手に入れるのは極めて困難。

 

 現にパリに住んでいること、フランスで給与を得ないことを示さないといけない。

 

 フランスでお金を稼がないとう証明書類は、日本の資金でフランスに派遣されており、すべて日本の給与でまかなうということを、自分で英語で書類を作って大学の学長印を押して貰った公文書を持ってきていた。

 

 フランス到着後、警察に行ってからその翌日、パリ到着3日目、シテ島の裁判所のそばの役場に行くと、これは英語だからだめだ、フランス語の書類でないと受け付けられないと言う。そう言われたのだと思う。奥さんはフランス語を勉強してくれてからフランスに渡ったので、そう言われた模様。私にはちんぷんかんぷんである。

 

ボンジュール!!

 

 メトロで、何駅か先の何とかという駅で降りて、何とかという通りの何番地に、英語をフランス語に訳してくれる信用の置けるところがあるから、そこに行ってフランス語にしてこいと言う(たぶん)。パリに着いてまだ3日目、メトロの切符の買い方、乗り方も知らない。奥さんと二人、メトロは諦めて、言われた大通りを歩いて目的地に行った。確かに英語をフランス語に訳した書類を作ってくれた。

 また、もと来た道を戻り、役場に着くも、昼休みは頑として窓口を開けない。

 

 ようやく、生活の第一歩を踏み出すも、仮の滞在許可証が切れる3ヶ月以内に、正式の滞在許可証を得なければならない。今度はシテ島の裁判所のそばの移民局かなんだかに行った。現に生活していることを証明しないといけないとのこと。不法滞在防止なのだろう。アパートの電気料金の領収書か何か持って来いという。大家さんに聞くと、「お前たちは俺の友人ということで部屋を提供しており、家賃は取っていないことになっている」という。日本円でひと月10万円余りを払っているのだが、その地区の相場はおそらく20万円くらいだから、便利なうえに安くしてくれているので、文句も言えない。おそらく、パリ市は税金が高いので、家賃収入があるとごっそり税金にとられるのだろう。税金になるくらいなら、ただで貸していることにして、家賃を下げた方が良いという大家さんなりの判断なのだと思う。まぁ、こちらとしても毎月の家賃は安いに越したことないし。で、電気代の領収書は大家さん名義なので、住んでいるという証明にならない。それで、移民局で「友人のアパートに住んでいる」という事情(?)を話すも認めてくれない。まさか、大家さんの税逃れの為ですとも言えない。

 結局、何度も行くもいつも撥ねつけられ、仮の滞在許可の切れる寸前、入国後3ヶ月を控えた頃、ようやく大家さんが乗り出してくれて、一緒に役場に行き、何やらフランス語でやり取りをして、ようやくcarte de sejour なる正式な滞在許可証が取れた。パスポートに、でん、と貼られている。

 

 そのほかにも、1年滞在するには健康診断を受けてその証明書も提出しなければならない。指定の保健所に行って、問診やら検査やらされる。何言われているのかわからないので、ぽかぁんとしていたら、予防接種の有無を問われていたらしく、ポリオの注射をされてしまった。小児麻痺では無いんだけどなぁ。どうでも良いだろうに、視力検査もある。基本的に日本と同じだが、「ひらがな」ではなくて「アルファベット」が大きさの順に書いてある。それを離れた場所から読んでいく。でも、どの列を読めと言ったのか、どこから読めといったのか、フランス語がわからないものだからまごまごしていると、こっちへ来いと言われて文盲用の視力検査になった。

 

 ABCくらい読めるわい。

 

パリ暮らしは、しかし、楽しかった。

 

 日本の大使館に在留届を出したので、現在の日本の住民票には燦然と「フランス国パリ市OO通り20番地から転入」とある。香水の香りがする。

 

 日本に戻って15年余り、最近の話。運転免許証の更新に行った。

 まずは、受付をしてから、最初に視力検査にまわされる。都会で運転免許を取ったわけではないので、都会の運転免許センターのことは知らない。視力検査に並んだが、ざっと見たところ、20人弱の列。しかも、視力検査するのは3人の係りの人が居るので、順番待ちもそう苦痛ではない。

 順調に視力検査の人が掃けていく。「左」、「上」とか言っているのが聞こえてくるところまで順番が近づいてきた。片目で0.3、両目で0.7あれば宜しい。私の数人前のおんちゃん、案内されて視力検査を受けている模様。

「そこに目をあてて、開(あ)いてるところを言ってください。これは?」

「真ん中」

「輪っかの切れちゅう(切れている)ところを言うて(言って)ね。」

「右」

なんだ、見えてるんじゃねぇか。

 

 視覚は面白い。視細胞には桿(かん)体細胞と錐(すい)体細胞がある。桿体細胞は暗いところでも光に反応するが、色は識別しない。錐体細胞は色を識別するが、暗いところでは反応しない。色、といっても実際には光のある波長領域に強く反応するということで、主に人では赤、緑、青に反応する。光の波長といったが、実際には光のエネルギー E=hν=hc/λ に反応している。ここで、光の振動数をν、波長をλ、光の速さをcとした。c=λ×νの関係があった。桿(かん)体細胞にはロドプシンというたんぱく質があり、そのタンパク質にはレチネン分子が含まれている。光がレチネンに当たると、エネルギーE=hνにより、分子のエネルギー状態が変化する。しかし、すぐに元の状態に戻り、その時、エネルギーが電気信号に変えられ、脳に伝えられる。それで、脳は感じる。「見えた。」

 レチネン分子は体内で最初から合成できないので、よく似たビタミンAの分子を使う。図を見れば、右の方の先っちょがちょっと違うだけ。

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 だから、ビタミンAの含まれた食品を食べないと、光に感じにくくなる。つまり目が悪くなる。

 だから、人参を食べるべし。

 

 人を含めて多くの生き物は、いわゆる可視光を見ている。可視光線の光のエネルギーはレチネン分子の状態を変えるだけの都合の良い大きさのエネルギーを持つ。

 それだけではない。

 太陽からは、様々な波長の光が放出されている。波長ごとに、どの程度の強さで放射されているのか、その分布を与えるのが「プランク分布」と呼ばれる数式である。プランク定数のあのプランク。これは理想化された物体が、絶対温度 T [K] (=273.5 + 摂氏 t 度)で光、正確には電磁波を放射するときの分布式で

 

  U = (8πν2) / c3 ×hν / (e(hν/ k T) -1)

 

という形を持つ。ここで h = 6.6×10-34 Jsはプランク定数、ν[1/s] は放射される光の振動数、c =3.0×108 m/s は光の速さ、T [K]は絶対温度、k = 1.38×10-23 J / K は「ボルツマン定数」と呼ばれる数。太陽は、およそ6000度で電磁波を放射しているとすると、上の式が観測値を良く表す。だから、太陽の表面温度はおよそ6000度だとわかる。地表面で観測すると、大気の影響で、ある波長(振動数)の光が吸収されたりするので、そのままではないが、図のようになっている。

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「可視」と書かれているところが、赤から紫までの可視光線。太陽から放射される電磁波は、この可視光線の領域の光の強度が強いことが見て取れる。どういうことかというと、人を含めた地上の生物は、太陽から来る光の強い領域を利用して、外界を見るように進化してきたと言えそうだ。だって、遠赤外線が見えても、太陽から弱ぁくしか来ないのだから、見えても薄暗いはず。

 

 分子状態を変化させるエネルギー、太陽の表面温度、うまくマッチしていた。

 

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