11.ある高さでの粒子数、ある速さでの粒子数

 ある場所に、ある速さを持つ分子は、どれくらいの数があるのだろうか。だいたい、普通は分子はそこいらでふっと手に取ると、1021個くらいある。それなのに、ある速さを持った分子の個数を大雑把にでも勘定できるのだろうか。

 できるから、物理学は素晴らしい。

 

 

分子の位置分布

 ある気体があり、これを構成する気体分子に、力 F [N] が働いているとしよう。単位体積あたりの気体分子の数を n [個/ m3 ] と書くことにする。図のように、位置 x と x + dx の間の体積は、筒の断面積を S [m2] とすると、S × dx だ。ここで、dx [m] は、位置 x からほんの少しだけ離れている距離としている。dx でひとかたまりの数字。0.1mとか、0.0000000001 mとか。この体積の中にある気体分子の個数は、(単位体積あたりの分子数)×(体積)だから、n × (S×dx) となる。気体分子一つ一つには F [N] の力が働いていたのだから、この体積の中の全気体分子に働く全部の力は、(分子一つに働く力)×(分子の個数)だから、 F × (n× S × dx)。気体が箱の壁とかに及ぼす圧力 P [Pa] は、「単位面積に働く力」のことなので、求めた力を筒の断面積 S [m2] で割ると得られる。

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正確には、x+dx の上の面と、xの下の面の圧力差 P(x+dx)-P(x) = dP が得られている。

 

     dP = F×(n×S×dx) / S = F n dx ・・・・(1)

 

 

 ここで前回導いた「理想気体の状態方程式

 

     PV = N kB T

 

を用いよう。Pは圧力、Vは体積、N は粒子の個数、T は絶対温度、kB はボルツマン定数と呼ばれる定数だった。両辺を体積 V [m3] で割っておくと、粒子数 N [個] は、単位体積あたりの粒子数 n = N / V [個/m3] になるので、理想気体の状態方程式は、

 

     P = n kB T

 

となる。圧力差 dP (= P(x+dx)-P(x)) は、各場所での気体分子の粒子数密度 n の差 dn (=n(x+dx)-n(x)) で起きているはずなので、この状態方程式から、

 

     dP = kB T dn

 

となるはず。この dP を(1)の dP に代入すれば、

 

     kB T dn = F n dx  ・・・・(2)

 

となる。

 ところで、前回の話から、(力)×(移動距離)は「仕事」だった。気体分子には私たちは仕事をしていないが、気体に働く力 F [N] が気体を dx [m] だけ移動させると、気体は「仕事」をしたことになる。前回の話とは逆で、気体自身が外部に仕事をしたので、位置のエネルギー Uは減少する。減少した位置のエネルギーを、「減少した」ことを明白にするために、マイナスをつけて、–dU としておくと、

 

     F × dx = - dU

 

だから、(2)式は、

 

     kB T dn = -n dU , すなわち dn / n = -dU / (kB T) ・・・・・(*)

 

となる。微小な変化 dn 、dU がこの式を満たすためには、高等学校の数学の知識を使って

 

     n(x) = eC × exp(-U(x) / (kB T)) ・・・・・(♭)

 

となる。(*)の左辺の積分は ln(n)、右辺はCを積分定数として、-U/(kB T)+C。 両者を等号でつないで、X=ln (n) ならば n=eX であることを使う。高校の数学の知識。ここで、位置エネルギー U は座標 x の関数なので U(x) と書くことにして、得られた結果のn もn(x) と書いた。また、eC はある定数。都合で、eX をexp(X)と記す。式(♭)はBoltzmann 分布と呼ばれる。

 

 今、n(x) は x という位置での気体分子数密度だった。こうして、場所ごとにどれくらいの個数の気体分子があるかが、この n(x) の式でわかるということだ。例えば、大気中の空気分子数を考えることもできる。地表付近での位置のエネルギー U(x) は、高さを x と考えると

 

     U(x) = m g x

 

だ。考えている気体分子の質量が m [kg]、それが存在している高さが x [m]、g(=9.8 m/s2) は重力加速度と呼ばれている。こうして、空気分子の個数密度 n(x) は、(♭)式から

 

     n(x) = n0 × exp(- m g x / (kB T))  ・・・・(3)

 

のように得られる。定数eC を n0 と書いた。位置 x=0 での空気分子数密度になっている。こうして、高ければ高いほど( x が大きいほど)、空気分子の数は減っていくことがわかる。

 

 

気体分子の速度分布

 さて、ある温度 T [K] で、気体分子の位置 x での分布は、(3)式で決まることがわかった。分子の位置分布は、位置のエネルギー U(x) で決まってしまっている。ところで、エネルギーは保存したのだから、この位置のエネルギーがすべて運動エネルギーに変わってしまって、あとは自由に気体分子は運動していると想像してみるとどうなるだろうか。位置のエネルギー U はすべて運動エネルギー m v2 / 2 になったわけだから、今度はある速さ v [m/s] を持つ気体分子の個数密度 n(v) [個/m3] が得られるだろう。ただちに

 

     n(v) = n0 × exp(-(m v2 /2)/(kB T))

 

が得られそうだ。実際、イギリスのJames Clark Maxwellは、19世紀の終わりに上の式の気体の速度分布 n(v)を得た。これを、Maxwellの速度分布と呼ぶ。

 

 さて、Boltzmann分布も、Maxwellの速度分布も、粒子数密度 n は、

 

     exp(-(エネルギー)/(kB T))

 

の形をしていた。したがって、全部のエネルギーを E とすると、あるエネルギー E を持った粒子の個数密度 n(E) は

 

     n(E) = n(0)×exp(-E / (kB T))

 

と書けそうだ。考えている領域での全粒子数 N で割り算しておくと、あるエネルギー Eに粒子を見出す確率 P(E) = n(E)/ N は、

 

     P(E) = exp(-E / (kB T)) / Z  ・・・・(4)

 

と得られる。ここで、Z は、確率の総和を1にするための因子だ。エネルギー E [J]を持つ粒子がどれくらいの個数あるかがわかるのだから、すごいと思いませんか?