骨折した。
とある店の中を平地のつもりで歩いていたら、段が1段だけあって、段がないつもりだったので右足で勢いよく着地してしまった。ただそれだけ。
骨折といっても、正確には、右足の甲の骨の一部が欠損し、欠損した骨片が旧石器時代の骨角器の矢じりのように足の内部で肉に刺さった状態になっている状況。レントゲンを見ると骨片が見事に写っている。あまりに鮮明に映っているので、そのレントゲン写真が欲しいのだがなぁ。
第1回ノーベル物理学賞はレントゲンによるX線の発見だ。素晴らしい。
足、切り開いて骨片取り出すかと言われるも、恐ろしいので自然治癒の道を選択。痛み止めの湿布で散らす。
骨も物体なので、圧縮したらどこかで壊れるはずだ。
長さ l (エル) [m] の物体を圧縮したらΔl(デルタエル) [m] だけ縮んだとする。Δl で一文字。Δl =0. 1 mm とか。長さの変化率 Δl ÷ l を圧縮ひずみ St と呼んでおこう。
St = Δl / l ・・・(1)
これだけ圧縮するために要した力を F [N] として、この物体の単位面積あたりにかかった力を応力 S と呼ぶことにしよう。物体の断面積を A [m2 ] として
S = F / A ・・・(2)
S と St の比はヤング率と呼ばれて、弾性体の物理を勉強していると出てくる。ヤング率は大抵 Y と書かれて
Y = S / St = ( F × l ) / ( A×Δl ) ・・・(3)
物体が壊れない範囲で、弾性体ではこの値は物体によって決まった定数になっている。St は長さを長さで割り算しているので次元をもたず、応力 S は力を面積で割っているので圧力の次元を持つ。だから、ヤング率も圧力の次元を持ち、調べてみると骨のヤング率は、
Y = 1.4 × 1010 [Pa] ・・・(4)
という値を持つそうだ。ついでに骨に力がかかって、骨が圧縮されて壊れるときの応力S は
S = 1.0 × 108 [Pa] ・・・(5)
だそうだ。1気圧は1013ヘクトパスカル。1ヘクトパスカル[hPa] は100パスカル[Pa]。ということは、1000気圧にも耐えられる。まぁ、骨だけそんな状況に置かれることは無いが。
弾性体といえば、圧縮したら元に戻る。ばねが典型的な例だ。ばねを自然な長さからΔl [m] だけ伸ばすのに必要な力 F [N] は
F = -k × Δl ・・・(6)
と表される。ここで、k [N/m] は、ばね定数と呼ばれる定数。力は伸びに比例するというのはフックの法則として知られている。マイナスを付けたのは力の向きまで考慮したから。力の大きさだけを問題にするなら、Δl は正にとっておいてマイナス符号を外せばよい。ついでに証明抜きで記すと、Δl だけ伸びた、あるいは縮んだ時にばねに蓄えられるエネルギー E [J] は
E = k×(Δl)2 ÷ 2 ・・・(7)
ここで、(3)からY= ( F × l ) / (A × Δl) だったので、
F = ( Y × A ÷ l ) × Δl ・・・(8)
となる。ここでは力の大きさだけを問題にしているので、(6)と違って負号が無いが、ばね定数 k は
k = Y A / l
に対応していることがわかる。だから、Δl [m] 圧縮したときに物体に蓄えられるエネルギーは、(7)式の k として、すぐ上の式を代入して
E = Y A / (2 l) × (Δl)2 ・・・(9)
となることが分かった。
今、応力の定義(2)と、今導いた力の(8)から
Δl = F l / (Y A) = S l / Y
が得られるので、この Δl を、圧縮により蓄えられるエネルギー(9)に代入して Δl を消去すれば
E = S2 A l / (2Y) ・・・(10)
となる。応力 S、ヤング率 Y、物体の長さ l、物体の断面積 A で表せた。
さて、骨。
骨が折れる、壊れるときには(5)の数値以上の応力がかかっているということだ。段差に気づかず、全体重を右足の足裏の面積にあずけてしまった場合、(10)の S としては(5)式の値、ヤング率 Y は(4)式の値、面積 A としては足裏の面積、長さ lとしては足の骨の厚さを取ればよかろう。足裏の面積は長方形として大体 25cm ×10 cm 程度。常に幅 10cm ということもないが、長さを短めにしたのでトントンだろう。足の甲の骨の厚みは知らないので、2cm くらいとしておこう。そうすると、足の骨が欠けるのに必要なエネルギーは(10)式から
E = ( 1.0 × 108 [Pa] )2 ×( 0.25 ×0.1 [m2] × 0.02 [m] ) / (2×1.4 × 1010 [Pa])
= 1.785×102 [J] ・・・(11)
大体 179 ジュールとでた。
右足を踏み出して着地したかなと思ったら、地面が無かった。そのまま、1段、全体重 m = 70 kg が高さ h [m] の段差を自由落下したと思えばよい。この時の位置エネルギーUは
U = m g h ・・・(12)
だ。g は重力加速度で、9.8 m/s2 。この位置エネルギーが、右足が着地した時に足の弾性エネルギー(10)に変わる。骨が壊れるには最低(11)のエネルギーが必要なので、(11)と(12)を等しいとおいて、危険な段差 h [m] が求まるはずだ。
1.785×102 [J] = 70 kg × 9.8 [m/s2] × h
つまり
h = 178.5 ÷70 ÷9.8
= 0.26 [m]
だいたい 26 cm の段差でアウトである。家の階段でも 1 段 20 cm あるので、25 cm 位はあっただろう。また、実際には土踏まずもあるし、力がかかった足裏の骨の面積はもっと狭いはずなので(11)式の値はもっと小さく出る。たとえば、体重がかかった足裏の面積は土踏まずなど除いて骨の部分だけとして 25cm ×10 cm の半分に見積もると、危険な高さも半分の 13 cm となる。段差の h はかなり低くても危険だということだ。
段差を認識していたら、筋肉やらなにやらの動きやらで力を分散させるので、骨折には至らない。実際、1 m くらいから飛び降りても大丈夫なんだから。