61.運動量は p

 第48回で、光の速さ、光速がc と書き慣わされていることを述べた。どうやら、単に定数、constantの頭のcのようだった。

 

 前から気になっていたのが、運動量をpと書き慣わすこと。運動量は速さと重さを掛けたもので、正確には

 

    (運動量)=(質量)×(速度)

 

運動量は、英語でmomentum なので、どこにもpの文字が無い。どうして運動量が数式に出てきたときにはpの文字を慣習的に使うのか、わからなかった。「質量」はmass で m。速度はvelocity で v。massのmとmomentum の m は被るので運動量にm以外の文字をあてるのはわかるのだが、何故pなのか。

 

 力学が成立する17世紀頃には、力と関係する量として何を採用するかで、mvとmv2 派がいたようだ。ここで、mは質量でvは速度。運動量の変化が力と結びついていることがニュートンによって1687年の「プリンキピア」で明らかになるので、mv が力に結びついていることがわかるのだが、実はmv2 派は、エネルギー概念を先取りしていたともいえる。運動エネルギーはmv2 / 2 と書けることが現在知られている。

 

 もともとmv は、「物体に込められた慣性」という考えのもとで取り扱われていた量であった。衝突の問題に取り組んでいたルネ・デカルトは、現代で言うところの運動量の保存則の考えを持って、2物体の衝突を考えていた。各物体の運動量 mv の和は衝突の前後で変わらないとした。これが、ニュートンの運動の第3法則、いわゆる作用反作用の法則に結実する。現代の目から見れば、空間の並進不変性、すなわち空間には特別な場所が無いという空間の一様性が運動量保存則を直ちに導くが(ネーターの定理)、一方、空間の一様性は作用反作用の法則を保証しているので、背後に空間の性質があった。

 

 今は、何故運動量を文字pで表すかを問題にしているのだった。現在、運動量として知られているmv、当時は「物体に込められた慣性」と思われていたが、これは運動の「勢い」、ラテン語でimpetus と呼ばれていた。imは接頭辞、前置詞で、英語で言うところのon、語幹はpetusで、「追い求める」という意味のpetere である。「上に(on)」「追い求める(petere)」で、「とびかかる」。「運動量」はもともと「impetus」 からきているが、iは接頭辞imの一部なので、語幹の頭文字のpをとって、「(運動の)勢い」つまり「運動量」を表す文字にしたというのが、どうやら歴史の流れのようだ。

 

 一大事、解決。

 

 ところで、物体の位置を表すベクトルは概ねr と書かれる。これは、原点から動径方向に延びるベクトルなので、動径、もしくは球面の半径のradius から、頭文字のrを採ったものと推測される。「動径方向」はradial direction、やっぱり頭文字はr。しかし、解析力学では座標や運動量は一般化され、「一般化座標」「一般化運動量」と呼びならわされる。一般化運動量はやはりpで表されるが、一般化座標はqと書かれる。「位置」はposition だからpのはずだが、一般化運動量のpとかぶるので、アルファベットを一つ進めてq と表すようになったようだ。