65.電磁誘導の法則

 「理学部」から「理工学部」に看板を掛け変えたために、新装オープンせざるを得なくなった「物理学概論」という授業。従来、1年間、2学期で行っていた内容を半年で行いなさいと言う厳命が下され、なんとか講義ノートを作った。でも、内容をかなり削減。

 

 短時間で学生さんに印象付けるには、演示実験が良いと思い、幾つか用意する。

 

 ボールに回転をかけると、カーブやシュートする、すなわち曲がる、という現象に似たことを、回転しながら落下する円筒で実際に見せたりするが、カレンダーを丸めて円筒を作ってひもを巻くだけの「実験道具」。強制振動で共鳴を見せるには、長さの違う糸を棒に繋ぎ、その先に穴の開いた50円玉をぶら下げて、実際に揺すってみると、特定の長さの糸に付けた50円玉しか振動を始めないという、強制振動共鳴現象演示マシン。棒代と3つの50円玉込みで、総額250円余り。理論屋なので、簡単なものしか用意できない。

 

 電磁気学で見せて印象に残る演示実験は無いかと考え、フファラデーの電磁誘導の法則を見せることにする。ついでにレンツの法則も。そこで、図書館発行の広報誌に、新入生向けに構造主義の入門書を紹介した実験系の同僚のK先生(第64回に登場)に、演示実験用の用具を作ってもらった。図はポンチ絵。

 

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 長さ1mほどの、アルミニウム製の、磁石にはくっつかないが電気を流す素材でできた筒と、その内径にほぼピッタリの大きさを持つ強力ネオジウム磁石を用意し、上から磁石を筒の中に落とす。磁石が落下すると、その前方、後方で磁石が作る磁場が変化する。精確に言うと「磁束が変化する」。磁束の変化は起電力を産むというのが「ファラデーの電磁誘導の法則」。起電力が生じるということは、要するに、そこに導線を置いておくと電流が流れるということだ。今の場合だと、筒は電気を流すので、筒の表面に電流が流れるということ。電流が流れる向きは、磁場の変化を打ち消す向き。これだけ取り上げて「レンツの法則」と呼ぶ。N極を下にして磁石を落下させると、磁石の進行方向の先ではN極からでる磁力線が増えるので、これを減らす向きに電流が流れる。結果的に増える磁力線に対抗して、落ちる磁石の先に仮想的にN極を上に向けた磁石があるようなものだ。そうすると、N極同士反発し、磁石の落下は妨げられる。こうして、磁石は『ゆっくり落ちる』。この現象を見せて、「ファラデーの電磁誘導の法則」を「視覚化しよう」というわけだ。

 

 Kさんはすべてを理解して、演示実験用の素材を揃えてくれた。おまけに、対照実験用に電流を流さない塩化ビニール製の筒も用意してくれた。これなら磁石はすとんと落ちる。空気抵抗は無視すると、初速 0 での落下距離 s [m] は

    s = (1/2)×g t2

 

だ。g = 9.8 [m/s2 ] は重力加速度。t [s] は時間。1 m 落下する時間は

 

    t = √(2s/g) = √(2×1 / 9.8) = 0.451  [s]    (*)

 

およそ0.5秒だ。しかし、アルミニウムのパイプで実際に磁石を落下させると、きわめてゆっくり落ちるのが見られる。

 

 パイプだと電流が流れる場所は連続的で厄介なので、状況を簡単化して考えよう。それが図のポンチ絵だ。おまけになるべく計算せずに物理量の次元から考えてみる。

 

 まず、電流の流れるところは、幅 h [m] で離散化されているとする。筒の半径は r [m]。図の通り。電磁誘導の法則で落下を邪魔されて、最終的に一定の速さで落下するものとしよう。終端速度というやつだ。この終端測度 v0 [m/s]を求めてみよう。

 

 一定の速度で落下するということは、重力の位置エネルギーの減少分がどこかに行かないといけない。運動エネルギーには、いかない。速度が一定だから運動エネルギー(1/2)× mv2 も一定だ。m  は質量、v は速さ。失われたように見えるエネルギーは、電流がパイプに流れることで発生するジュール熱になるわけだ。

 

 ここまで状況を理解して、準備をしておくと、あとは登場人物である諸々の物理量の物理次元を考えていけばよろしい。

 

 まず、磁石の性質。これは磁石の磁気モーメント

 

    μ  [ Am2 ]

 

だ。単位は、電流の単位であるアンペア [A] に長さの次元、メートルを 2 回掛けたもの。それと、磁石の重さ、質量は

 

    m [ kg ]

 

だ。磁石の落下で発生する起電力 V は、ふつうは「ボルト [V] 」という単位を使うが、これは基本的な単位、m(メートル)、kg(キログラム)、s(秒)、A(アンペア)から組み立てられている。

 

    V  [V]  =  V  [kg m2 / s3 A ]

 

だ。空気中で落下させるので、空気中の透磁率と呼ばれる量も必要となる。これは、誘導された電流が作る磁束を求める際に必要となる量だ。ここでは「真空の透磁率」μ0 で代用しよう。空気中の透磁率も、真空中の透磁率も、値としてはさほど変わらない。

 

    μ0 = 4 π×10-7  [kg m / s2 A2 ]

 

 

 これだけ準備して、まずはエネルギーの収支を考える。一つの導線の輪っかで発生するジュール熱を W としよう。高さ L [m] 落下すると重力エネルギーは mgL 減少するが、その分がジュール熱になっているはずだ。速度一定なので、運動エネルギーは増えないから。h  [m] ごとに導線が1本あるわけだから、高さ(長さ)L の中には導線は

 

    L / h  [本]

 

あるので、エネルギー収支から

 

    mgL = ( L / h ) × W    (0)

 

となる。つまり W = mgh だ。

 

 一方、終端速度v 0 で磁石が動いて磁束密度を変化させ、起電力 V を発生させている。単位時間当たりに発生するジュール熱 Q  [J] は、導線の電気抵抗を R  [Ω(オーム)]として

 

    Q = V2 / R    (1)

 

で与えられる。高さ L だけ磁石が落下した時間を T [s]とすると、単位時間に Q 発生するのだから、落下した時間を掛けたものが発生したジュール熱の総量 W だ。

 

    QT = W    (2)

 

ここで、Q は R に反比例しているので、未知の関数を f として、QT = W =(1 / R )× f の形をしているだろうと推測される。ここで、 f は登場人物、磁石の磁気モーメント μ、筒の半径 r 、(真空の)透磁率 μ0、及び終端速度 v0 の関数として与えられるはずだ。

 

    QT = W= ( 1 / R ) × f ( v0, μ, r, μ0 )     (3)

 

ここから、次元を表すときには [ ・・・ ] という書き方を採用しよう。こうしておくと、(1 ) 式だったら、RQ の次元と V2 の次元が等しいという意味で

 

    [ RQ ] = [ V2 ]

 

と書いて良かろう。こうして、(3)から

 

     [ RW ] = [ RQT ] = [ RQ×T] = [ V ]2 ×[ T ] = kg2 m4 / A2 s5    (4)

 

という次元になることがわかる。V [ kg m2 / s3 A ]と 時間の単位 [s] だから。RW の次元は (3) 式から f ( v0, μ, r, μ0 ) の次元に等しくならないといけないので、関数 f の v0、μ、 r、 μ依存性がわかるはずだ。その依存性を

 

    [ v0] a [μ]b [ r ]c 0 ]d

 

とおいて、次元を比較しよう。今、夫々の次元を勘定していくと

 

    [ v0] a [μ]b [ r ]c 0 ]d  = [kg]d [m](a+2b+c+d) [A](b-2d) [s](-a-2d)

 

と、右辺のようになる。これが (4) 式の [ RW ] の次元

 

    [kg]2 [m]4 [A]-2  [s]-5

 

と一致するには、

 

    d = 2、 a + 2b + c + d = 4、  b-2d = -2、 -a-2d = -5

 

でなければならない。こうして、

 

    a = 1 ,   b = 2 ,    c = -3 ,    d = 2

 

と決まる。すなわち、「比例する」ということを ∝ という記号で表すと

 

    RW = f ∝ v0 μ2 r-3 μ02

 

が得られる。ここで、W= mgh という (0) 式から得られる関係を用いると

    Rmgh = f ∝ v0 μ2 r-3 μ02

 

すなわち

 

    v0 ∝ ( mghR r3 ) / ( μ2μ02 )           (5)

 

が得られる。正確に解けば

 

    v0 = ( 2048 π) / 5 × ( mghR r3 ) / ( μ2μ02 )    (6)

 

が得られるようなので、因子1000 (≒ ( 2048 π) / 5 ) ほど異なるが、物理量の依存性としては正しい。つまり、磁石が強ければ μ が大きいということなので、磁石の速度は小さく、ゆっくり落ちる。円筒に巻いた導線の抵抗 R が小さいと大きく電流が流れ、「レンツの法則」で落ちる磁石と反対向きの磁場を作るので、やはり磁石はゆっくり落ちる。もちろん磁石の重さが重い、すなわち質量 m が大きいと、速度 v0 は大きくなり、磁石は速く落ちる。導線を巻く間隔 h が小さい、すなわちびっしり巻くと、これまた磁石はゆっくり落ちることがわかる。

 

 連続的に巻いてしまってh = 0 とすると v0 = 0 となって磁石の落下速度はなくなってしまうが、これはやりすぎだ。磁石が動かなければ磁束の変化はなく、誘導起電力が生じないので磁石の磁場に逆らった磁場は発生しない。よって、磁石は落ちる。落ちると起電力が発生し、終端速度 h = 0 だと 0 なので、止まってしまうと誘導起電力が生じないから磁石の磁場に逆らった磁場は発生しないので、磁石は落ちるから・・・(続く)と言うことになる。

 

 今、アルミの筒は連続的に導線を巻いたのと同じではあるが、計算できていないので、先ほどの例で、

 

    h = 5 mm

 

位に考えて離散化しておこう。アルミの筒の半径 r が

 

    r = 1 cm

 

位と思うと、``筒に巻いた導線"の長さは円の円周、l = 2πr だ。``導線"を 1 mm 径くらいに考えて、導線の断面積を S = π × (1 mm)2 としておこう。アルミニウムの抵抗率 ρ は調べてみると ρ = 2.824 ×10-8  [ Ωm ] だそうだ。抵抗 R は

 

     R = ρ l / S ≒ 5.6×10-6  [Ω]

 

と計算できる。Ω(オーム)という電気抵抗の単位は、組み立てると、kg m2 / s3 A2。次にネオジウム磁石。調べてみると、この磁石は強力で、B≒ 10キロガウス位の磁場を発生させるようだ。1 ガウスは 10-4 テスラという単位に換算され、1テスラは1 N / Am、N (ニュートン)は、kg m / s2。10 キロガウスということは1 [T (テスラ) ]。単位体積当たりの磁気モーメント(磁化)に直すと、Br / μ0 。磁石の体積は、底面積 10 cm2、高さ 1 cmとして、10 cm3 = 10-5 m3くらいだから、手持ちのネオジウム磁石の磁気モーメントは μ ≒ 8 [ A m2 ]程度だ。

 

    μ ≒ Br / μ0×(磁石の体積) ≒ 1 / {4π×10-7 )×10-5 ≒ 8 [Am2]

 

手許にあるネオジウム磁石の重さは、手で持ってみると、そう、50 グラムくらいだ。

 

    m = 50 g

 

としておこう。重力加速度は g = 9.8 [m / s2 ]、真空の透磁率は μ0 = 4π×10-7 kg A2 / m。(5)式で導いた終端速度 vは (6) のように因子約 1000 が欠けていたので、それまで考慮し、長さはメートル、重さはキログラム、時間は秒、電流はアンペアというふうに単位を揃えて計算すると

 

   v0 ≒1000 × ( mghR r3 ) / ( μ2μ02 )

    =1000×(0.05・9.8・5×10-3 ・ 5.6×10-6・(1×10-2)3 ) / ((4π×10-7)2・8

    ≒ 0.135  [m/s]

 

となった。およそ秒速 14 cm。1m 進むのにおよそ 7 秒かかる。

 

 電磁誘導がなければ(*)式のように、およそ 0.5 秒 だった。この、大雑把な評価でも10 倍余りの時間がかかって、ネオジウム磁石はアルミニウム製の筒をゆっくり落ちていくことがわかる。

 

 演示実験無事終了。