68.7か国語

 カナダにある、物理学の或る学術論文誌から査読の依頼が来た。

 

 査読というのは、研究者が論文を投稿した時に、論文誌の編集者がその投稿論文が学術的に意味があるか、間違っていないかなどを、適切な他の研究者に依頼して審査させるというもので、原則匿名、ボランティアである。

 

 カナダのその雑誌には一度も論文を投稿したことは無いのに、なぜカナダから査読依頼が来たのだろうと訝しながらも、まぁ、引き受けることにした。

 

 さすがカナダである。査読依頼の同じ文面が、英語とフランス語で書かれていた。カナダの公用語は英語とフランス語だということを意識させられる。

 

 査読のレポートは長文になるので英語で返答したが、編集者へのちょっとした連絡メモは、英語とフランス語で書いて送り返した。

 

 

 負けん気、強いかンね。

 

 

 高校生の頃、2年生の時の学級担任は英語の先生であった。英語の先生ではあるが、専門はスペイン語だったので、スペイン語の話もしてくれた。スペイン語の母音は日本語と同じで、基本5つであるとか、だから話しやすく聞き取りやすいとか。そんなこともあって、クラスの友人と色々な言語を探し、

「おぉ、7か国語できるようになった」

とか言っていた。学校の図書室にもいろいろどうでも良い本があったのだろう。いまだったら、神様google様か、仏さまYahoo様といった検索エンジンでネットでスマホで簡単に調べられるのだろうが、当時はそんなものの無い時代、丹念に辞書やら文法書やらを図書室で調べる。

 

 今の忙しい高校生と違って、金はないが時間はたっぷりある昔の高校生。

 

 フランス語。「ジュ テーム」 Je t'aime

 スペイン語。「テ ケロ」 Te quiero。

 ドイツ語。「イッヒ リーベ ディッヒ」 Ich liebe dich。

 韓国語。「ナヌン タンシヌル サランハムニダ」

 中国語。「ウォー アイ ニー」 我愛你。

 

 これに英語と日本語を足す。

 

 英語。「アイ ラブ ユー」 I love you。

 日本語。「わたしは あなたを あいしています」

 

「よし、7か国語しゃべれるようになった。」

 

 

 ほんと、馬っ鹿だなぁ。

 

 

 その高校2年の頃。学期末だか年度末だか忘れたが、英語の先生である担任との面談がある。定期試験やら実力テストの成績を見ながら、進路を聞かれる。

 

「おまえ、進路どう考えてるんや。」

「大学行って、物理の勉強しようと思ってます。」

「物理勉強して、どうするんや。」

「できたら、そのまま、研究を続けて・・・」

「そんなん、英語の論文読んだり書いたりせんなあかんねんで。」

「はぁ。」

「お前の英語の成績、これやからなぁ・・・」

「・・・」

 

 まぁ、この程度はかわいいものだ。高校3年、いよいよ大学受験というときに、ある友人は担任との面談の時、

 

「お前、どうすんねん。」

「大学進学ですけど。」

「希望の大学は?」

「まだ決めてなくて。とりあえず。」

 

担任の先生、予備校かどこやらが作っている大学を網羅した資料集をパラパラめくって、

 

「行けるとこ、無いわ。」

 

で、終了。

 

 友人の名誉のためにあわてて付け加えておくが、彼は現役で某帝国大学に進学した。

 

 日本にハラスメントという概念が無かったゆるやかな時代のことである。