79.魚は頭から腐る

 大学でもインターンシップなるものが導入され、年月が経ってきた。結局のところ職場体験のことではあるが、もともとは産学連携のためにアメリカ合衆国で行われてきた制度だ。

 

 何でもかんでもアメリカに倣え、最近の風潮。

 

 日本では、バブル景気でイケイケどんどんであまり良く考えずに就職した学生が、就職先企業とマッチしていなくて早期離職が増加したバブル崩壊後の1997年に、「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」なるものが当時の文部・通商産業・労働の三省合同で出され、「高等教育における創造的人材育成の一環」という名目でインターンシップが推進されだした。「学生が在学中に自らの専攻、将来のキャリアに関連した就業体験を行うこと」と定義され、以後、高等教育機関である大学や大学院でもインターンシップが正規の単位として認められるようになってきている。2013年の政府の「日本再興戦略」ではインターンシップに参加する学生数の目標設定をするようにとの提言もなされている。ニート対策の色も濃い様な印象だ。

 学生は2週間から、長いと1か月にわたり企業や公共団体等でインターンシップを行ってくる。しかし、よく話を聞くと、体よい「無償労働力の提供」ではないか、と思われることもあるので、要注意だ。また、それってバイトで良くない?的なものも見受けられる。レストランでの皿洗いとか、ガソリンスタンドでの給油とか。最近はかなりの率で学生はアルバイトをしないと生活できないので、インターンシップで就業体験しなくても、賃金を受けて体験している。2週間にわたって自分のバイトができなくなるわけで、どうかしているようにも思える。

 

 こうした「キャリア教育」が、初等中等教育にも入り込んできて、「中学校職場体験」などというものまで公立の学校では9割方行われているようだ。文部科学省によると、「生徒が事業所などの職場で働くことを通じて、職業や仕事の実際について体験したり、働く人々と接したりする学習活動」と規定されており、職場体験が求められる背景として、「望ましい労働観、職業観を育む体験活動等の不足」が挙げられている。また、職場体験を通して、「直接働く人と接することにより、また実際的な知識や技能・技術に触れることを通して、学ぶことの意義や働くことの意義を理解し(云々)」とあり、さらに「主体的に進路を選択決定する態度や意思、意欲などを培うことのできる教育活動」なのだそうだ。ゴタクは立派。

 

 最近は「座学」が軽視される傾向を感じている。これまで行われてきた教室や運動場での「授業」のことだ。これに対して、「グループ学習」や「体験学習」が強調されてきており、これらを座学に対して「実学」と称しているようだ。どこもかしこも「実学」重視。

 

 もともと「実学」なんて、福沢諭吉が「学問のすすめ」で言った言葉だ。『もっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり。たとえば、いろは四十七文字を習い、手紙の文言、帳合いの仕方、算盤(そろばん)の稽古、天秤の取り扱い等を心得、なおまた進んで学ぶべき箇条ははなはだ多し』。実学として基本的な読み書き計算を挙げているが、続いて『窮理学とは天地万物の性質を見て、その働きを知る学問なり』とあって、窮理学を「実学」の一つとして挙げている。何が体験学習だ。教室で講義・実験・演習で学ぶ『窮理学』は、福沢諭吉に言わせれば『人間普通日用に近き実学』であるのだ。明治時代に『窮理学』という呼称が与えられていた学問分野は、現在『物理学』と呼ばれている。

 

 「窮理」といえば物理のことであるが、ついでに、良質で、物理屋から評価の高い雑誌「窮理」を紹介しておこう。創刊は2015年で、年3回ほどの不定期刊。窮理舎が発行しているが、発行者・編集者であるI氏は、ちょっと誇らしいのでここは強調しておくが私の研究室の出身者であり、まぁ大抵、卒業・修了生は勝手に育っていってくれているのではあるのでこう言ったら語弊だらけだが、物理学での私の最大の功績が、研究室からの良き人材の輩出なのだ。I氏は飛び抜けている方のお一人だ。彼は大学院修了後、科学誌を出版している出版社に就職し、その後独立して窮理舎を設立された。もちろん、インターンシップなんぞ行っておられない。

 

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 話をもとに戻そう。体験学習、「職場体験」の話だ。「望ましい勤労観、職業観を身に付けることができる」とあるが、基本的には働く側、労働者側に立場を置いた「体験」だ。そうであるならば、労働基本権、いわゆる労働三権、「団結権」「団体交渉権」「争議権団体行動権)」くらいは教えてから「体験」をさせているのだろうか。それと、「パワーハラスメント」対策も、労働者としては必須だ。経営側からハラスメントを受ける可能性は無きにしも非ずなので、「こういうことはハラスメント(嫌がらせ)に当たる」と、事前対策を講じる必要性は無いのだろうか。ブラック企業という言葉も作られた時代だ。

 

 こんなことがあった。

 

 国の方針で大学予算が削りに削られ、大学執行部が苦肉の策で、「8月は授業が無いのだから、8月分の給与は教員に支払わない」という案を出してきたことがあった。大学教員は授業だけしている訳ではなく、当然研究もしているし、入試業務などなど、多岐にわたる業務も行っている。8月なんて大学院入試の準備・実施もしているわけだ。また授業が無い期間は集中して研究を行っている。執行部も何を言い出すのかと思い、常勤なのに1か月分給与を払わないということが可能なのかどうか、すぐに法律を当たってみた。自然科学を研究している身であるので、人が作った法律なんてもともとあんまり興味はなかったが。そういえば中学校の時に、威張り腐った男性英語教師が「お前は弁護士になれ」とか、ほざいたことがあり、その理由が「金が儲かるから」だったので唖然としたが、そのわけの分からぬくだらなさに一層軽蔑感を募らせたのではあったが、公立の学校というのはそういう間抜けたことを平気で言って威張っているくだらん奴の存在も含めて社会の縮図みたいなところがあるのでそれはそれで結構良いので評価していて、全校教職員が一丸となって学校の教育方針に向かってまっしぐら、というのはちょっと怖いわけで、適度にけったいなのも入れてあるのが良いようで、「あぁは、成らんでおこう」と思えるし、というか、人の作った法律には中学の頃から興味がなかったことを言おうとしているのが、あまりにぐだぐだになった。

 

 大きな権力を持って政権を担っている政治家や高級官僚が嘘つきのクズばかりだと困るが。

 

 で、労働基本法を紐解いてみたところ、労働基準法第24条に

  1.賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

    (以下略)

  2.賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。

    (以下略)

とある。「賃金支払いの五原則」と呼ばれているそうで(厚生労働省ホームページ)、すなわち(1)通貨で、(2)直接労働者に、(3)全額を、(4)毎月1回以上、(5)一定の期日を定めて支払わなければならないと規定されている。

 ということで、かつて大学執行部が提案した、「8月は給与無しよね」は、賃金支払いの大原則、(4)毎月一回以上支払わなければならない、に明らかに抵触するので、法律違反というわけだ。次の会議で、といっても私が参加する会議は大学執行部の関与しない下の下の会議ではあるが、賃金支払いの五原則に抵触するので執行部に撤回を求めるようにしてくださいと発言しようと手ぐすね引いて待ち構えていたら、あっさり案は引っ込められていて、折角調べたのに出番がなくなってしまった。そりゃそうだろう、大学には有能な事務の方が多く居るので、当然法律の知識も豊富だ。どうやら当時の学長か理事の誰かが事務方と相談せずに案を出したというのが本当の所だったのだろう。かつて我々労働者は法律に守られていた。働かせ方改悪されるまでは。

 

 法律を作る連中が嘘つきのクズばかりだと困るが。

 

 こんなこともあった。

 

 就職活動をしていたある学生さんが、或る企業の最終面接までこぎつけて、もうすぐ内定、というときに、その面接で、面接官から「何か聞いておくことはないですか」と水を向けられたときに、「御社には労働組合はありますか」と尋ねて、採用を見送られたことがあった。労働組合に敏感ということは、ブラックかもしれない。別の企業に就職できたので、ぎりぎりセーフだったのだと思う。

 

 こんなことがあった。最近。

 

 子供も中学生になり、「職場体験」を経験する。選んだのは某所。公共性は高いが民間。直接指導して頂いた方や、業務内容の概ねには満足していたようなので、そこのところは措いておく。

 しかし、職場体験の受け入れ先で体験する中学生数人が受け入れ先の説明会に赴いたところ、なかなか家に帰ってこないということがあった。中学校に戻らずに家に帰ってよいことになっていたのだが、中学校の最終下校時間どころか、夕方6時から始まる、自転車で5分ほどで行ける水泳にも間に合わない時間になった。途中で不審者に襲われていてもいけない。かなり遅れて帰ってきて、自分で家の鍵を閉めて水泳に向かったようであり、水泳に行ったことを確認したと学校の先生からも電話がかかってきたので暴漢に襲われたわけではなかったが、普段と行動が違うと心配になる。でもまぁ、1日のことだし、職場体験そのものではない「説明会」ということなので大目に見た。

 

 しかし。

 

 職場体験が始まっても、やはり下校時間を過ぎても帰ってこない。これは困ったと思い、学校を通すようなことでもないので夫婦で受け入れ先に直接事情を話して時間内に帰らせてもらえるように要請に行った。その日も毎日の水泳の練習もあり、県から強化選手指定もされているので練習をおろそかにすることは県民に対しても良くないだろう。

 

 ところが。

 

 責任者に話すのが良かろうと思い、経営者に、「5分ほどなので少しお願いが」と言ったとたん、「今、決算で忙しい」とのたまう。5月に決算?と思ったが。でもまぁ、話しを聞いてくれるようなので、中学の通常の下校時間には終わらせて家に帰すようにして欲しいと要請したところ、「時間に帰らないといけないのだったら、本人がその時に言えばいいではないか」という。体験しに来ている側であり、また、まだ義務教育中の中学生なのだから言い出しにくいではないかと申し上げるも、そんなことが言えないでどうする、と言う。これだと、まさに、“相手がはっきり断らなかったのでOKだと思った”と言って言い逃れるハラスメントの構図じゃないか。パワーハラスメント、権力を笠に着た嫌がらせの典型だ。あげく、終りの時間が決まっているなら中学校がこちらに言うべきだと、子供や学校の責任にする。「はい、わかりました。何時までなら大丈夫ですか」とは決して言わない。説明会の時は帰りがもっと遅かったので困ったが、明日、明後日はせめて下校時間には帰すように要望するも、「説明会のときも、時間は大丈夫か生徒に聞いた。こちらの親切で長時間説明した」のだそうだ。社会人なら時間内に説明を終えるように努めるだろう。信頼関係も構築していない初日に子供が経営者に向かって言えるわけがないだろ、と厳しめに言うと、「あなた、怒っていますね」ときた。

 

 当たり前だ。

 

 ここまでの対応をする経営者も今どき珍しい。他者からの意見や要望を聞くという態度の見られないトップが支配する「職場」と思えた。そういえば、最初に言った言葉が、ご用件は何でしょうかではなく、今決算で忙しい、だったことを思い出す。

 

 そこの「職場」と私たち夫婦とは今後は金銭的な関係が無いことが明白なので、我々の顔がお金には見えなかったのだろう。見えてたら、もう少し対応が違ったように思える。あぁ、金にしか興味が無いのか。中学生の職場体験が教育の一環であることすら理解できていない。これで、「地域貢献に励んでいます」とか宣伝するんだろうなぁ。

 

 結局、血圧が上がっただけに終わり、子供に、労働者には「争議権」があるんだから、団結してストライキを打って良いという話をして、明日から「職場」に行くのを拒否しろ、と言ったが、理不尽な物言いのする経営者ではあるが、下で働く人たちと一緒に行う業務は楽しいようなので、その後2日間、併せて3日間の職場体験を終えた。

 

 「生徒が事業所などの職場で働くことを通じて、職業や仕事の実際について体験し」て、「働くことの意義を理解」するのではなかったのか。「生徒が事業所などの職場で働くことを通じて、職業や仕事の実際は、経営者の方針に従って意見も言わずに与えられた仕事を定時で終わらず帰宅してよろしいと言われるまで残業して(無償で)行うことを理解」することだったのだろうか。「残業」をするのは時間内に業務がこなせない「無能な労働者」のすることなので、「残業代」と称する「補助金」を支払う必要は無いと公言する者もいる。なんか、つじつまが合うような。

 

 「職場体験」は資本主義のもとでの企業の経営のように、経済の論理で社会を動かすことを当たり前と捉えさせる教育ではあるまいかと勘ぐってしまう。トップが決める「トップダウン」がもてはやされ、その結果、速やかに事が進む「スピード感」が評価される。トップが決定した事柄は「市場」が決めることなのだから、「従業員」である「民」は四の五の言わずに黙々と従えば宜しい。そういう社会を望んでいるのだろう。構成員が意見を持って、構成員から選ばれたリーダーが責任を持って行動し、常に構成員からの批判を受けながらも民主的な方法で合意形成をして物事を決めて行き、実行していくという社会は、「決められない社会体制」だと、現代日本の構成員は考えるようになったのだろうか。

 

 そうして、『独裁体制はスピード感があっていいよね』となっていく。

 英雄気取りで『独裁者』になりたがる奴らは、大抵、嘘つきのクズである。

 

 危険な腐臭が漂っている。