85.単位系の改訂

 第49回で長さの単位の決め方の変遷に触れた。その際、質量の単位の基準がキログラム原器から変更されることに触れた。

 2018 年 11 月 16 日に国際度量衡総会で新しい単位の基準が承認され、2019 年 5 月20 日から施行の運びとなった。

 

 時間と長さの単位の基準については、表現は変わるようだが、基本的には変わっていない。

 

 時間は、“セシウム 133 原子の基底状態の2つの超微細構造の準位間の遷移に対応する放射の周期の 9192631770(91億9263万1770)倍に等しい” という定義であった。要するに超微細構造準位間を遷移する際に放出または吸収される電磁波の振動の回数が9192631770 回起きるのに持続する時間を1秒とする、ということだ。少し条件が厳しくなって、さらに言い換えて、ちょっと勝手にアレンジして書いておくと、

 

『温度が零ケルビンセシウム 133 原子の基底状態の2つの超微細構造の準位間の遷移に対応する放射の周波数が、秒 (s) を単位として 9192631770(91億9263万1770)       s-1(Hz、ヘルツ)と定めることによって秒を定義する』 

 

といった感じになる。正確に引用しているわけではないから注意してね。零ケルビンって、絶対零度には到達しないから、黒体輻射分は考慮してね、ということなんだろうなぁ。ここで、温度の定義を決めないといけないが、それはあとで。

 

 時間が決まったので、「光速度不変の原理」により真空中では一定である光の速さを用いて“光が真空中を 299792458分の1(2億9979万2458分の1)秒かけて移動する距離” を 1 メートルと定義するのであった。これを言い換えて、

 

『真空中の光の速さが299792458 m/s となる長さの単位をメートル (m) とする。』

 

といった感じに表現されるようだ。

 

 さて、ここから。

 

 質量はキログラム原器の質量を1キログラムと定義しているのであった。これを物理定数を用いて定義しなおすことになる。第 8 回でも現れた物理定数、プランク定数 h を定義値として採用し、質量を定義し直す。秒 (s) とメートル (m) は既に定義されたので、

 

プランク定数 h の値を 6.62607015×10-34  kg m2 / s と定めることによって質量の単位、キログラム (kg) を定義する。』

 

 第 49 回では電磁気学に出てくる単位には触れなかったが、従来は電流の単位を先に決めていた。今回の改訂では、電荷の単位の定義を先に済ませることで、電流が決まることになった。したがって、基本は電荷。今度は物理定数である電気素量が定義値として採用される。

 

『電気素量 e の値を 1.602176634×10-19  C (クーロン)として電荷の単位クーロン (C) を定義する。1 秒間に 1 クーロンの電荷を運ぶ電流が1 アンペア(A)となる』

 

というわけだ。

 

 さっき、温度が出てきた。温度の定義も変更される。現在は、“水の三重点の熱力学温度の 273.16 分の 1 を 1 ケルビン(K)と定める”となっている。水の三重点とは氷と液体の水と水蒸気が共存する圧力、温度のこと。これは圧力-温度でグラフを書いたときに、1点になる。この定義を、物理定数であるボルツマン定数を定義値として採用することで変更する。ボルツマン定数は第 10 回なんかで現れている。エネルギーと温度をつなぐ定数だ。

 

ボルツマン定数の値を 1.380649×10-23 kg m2 / (s2 K) と定めることによって温度の単位、ケルビン (K) を定義する』

 

ということになった。

 

 授業で単位の話をすると、決まって、「なぜ、そんな中途半端な数字を持ってくるのか(例えば時間の定義で、9192631770 回の継続時間では無くて 9000000000 回で良いではないか。光が真空中を 300000000 分の 1 秒進む距離を 1 メートルとしたらよいではないか)。」といった質問が来る。でもね、そんなに切りのいい数字を使ったら、これまで慣れ親しんだ時間や長さと、狂ってくるよ。1秒が、今使っている時間で言うと0.979 秒になったり、おまけに 1 メートルが、今使っている 97.8 センチメートルになったり・・・。

 

 というわけで、質量も、定義値としてのプランク定数をあのように取ると、今使っている 1 kg が極めて高い精度で再現されているというわけだ。

 

 知り合いのツイッターを見ていたらリツイートしているものがあった。ある新聞のコラムで、梶井基次郎の小説「檸檬」から、檸檬を手にした主人公が「疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さである」といったことなどを考えるくだりを引用して、今回のキログラム改訂を取り上げ、「物理学の「プランク定数」で記述されるそうだが、直感からは懸け離れている▼時代の要請はよく理解できる。が、物理学の言葉で書かれる新定義に、何ともしれないよそよそしさを感じる。少なくともレモンのあの重さを表現するのには向いていないだろう。2018・11・16」(東京新聞)と結んでいるそうだ。

 「物理学」と聞いただけで「よそよそしい」という反応になったのだろう。

 

 でもね、1 kg を精度よく再定義したのであって、もともとは水 1 リットルの重量を1 kg と定義したことに始まったことには変わりはない。1795 年、10 cm 立方の体積を 1 リットルとし、“大気圧下で氷の融けつつある温度(摂氏零度)での水 1 リットルの質量”を 1 キログラムと定義した。その後、“水が最大密度をとるときの温度での水 1 リットルの質量”と再定義されたが、1799 年にこの質量と同じ質量を持つ“キログラム原器”が造られ、原器の質量が 1 キログラムと定義し直された。1889 年の第一回国際度量衡委員会で、同じ質量に作りなおされたキログラム原器の質量を 1 キログラムと定め、現在に来ている。その定義をさらに精度を高め、原器の重量変化などの問題から自由になる今回の改訂に、“よそよそしさ”は感じられないのだが。日常感覚ではやっぱり水 1 リットルの“重さ”だよ。

 

 それよりも、“レモン”と書かれると、寺町通りの果物屋で買い物をし、丸善で積み上げた画本の頂きにすえ付けた梶井基次郎の“檸檬”のあの香りや重さは感じられないのだが。

 

 でも、まぁ、聖(ひじり)橋から放って各駅停車に噛み砕かすことはできず、聖橋から放ると快速電車の赤い色とすれ違うんだけど。檸檬は。