98.ブランコ

 ブランコ、児童公園なんかに備えられているあれだ。

 ブランコの存在は、古くは紀元前2000年より以前に遡るらしい。メソポタミア文明、今のシリアあたりのシュメールだ。もとはどうやら、宗教儀礼、特に豊穣祈願で使われていたらしい。葡萄が生産される地方では、ブランコを漕ぐことは葡萄の豊作を祈願した宗教儀式だったそうだ。葡萄の房が揺れるのと、ブランコが揺れるのと、連想したのかもしれない。

 ロシアでは亜麻の豊作を、タイでは稲の豊作を祈願するため、ブランコを漕いでいたそうで、世界中に広まっている。高く漕ぐほど農作物は良く成長すると考えれていた。

 中国ではブランコのことを鞦韆(しゅうせん)と呼ぶ。冬至の頃にブランコを漕いで、太陽の復活を願ったようだ。

 朝鮮半島にも伝わる。春、旧暦5月、田植えの頃、田植えは主に女性が行っていた。そのとき、女性はブランコを漕ぐ。やはり豊作祈願だ。と同時に、働く女性の邪気払いのため、菖蒲を飾った端午の節句を行っていたようだ。だから、もともと端午の節句は、男の子のためのものではなくて、女性のためのものだった。

 奈良時代くらいには日本に入ってきて、鎌倉時代には武士が抜鈎する世の中になったので、菖蒲の読みから「尚武」が連想され、男の子の節句になって、現在まで続いている。でも、ブランコを5月の端午の節句に漕ぐ朝鮮半島の影響か、俳句の世界では、鞦韆は春の季語に分類されている。

 ブランコの語源は諸説あるようだが、おそらく、ポルトガル語のバランソ、balançoだろう。ポルトガル語でブランコのこともさすが、英語で言うところのバランスでもある。また、ポルトガル語-英語辞書を見ると、swing とも書いてあるので、まさにブランコが揺れることに応じている。

 

 ところで。

 

 授業で振動での共鳴現象の話をする。強制振動の運動方程式を解いてみせるのだが、現象としてはブランコを漕いでいるときに後ろから押して貰う場合が挙げられる。

 

 しかし、人に押して貰う手伝いなしにブランコは漕げる。良く学生さんが勘違いするので、ブランコを一人で漕げるのはパラメータ共鳴という現象であることを説明するが、数式を使うと時間がかかるので、たいがい省略する。

 

 微分の計算をしないといけないので厄介だが、一応ここに残しておこう。

 

 振動の運動方程式は、振動する物体の座標をq(t) として

 

    d2 q(t) / dt2 + ω2 q(t) = 0  ・・・(1)

 

となる。微分を知らない方は読み飛ばして貰おう。tは時間変数。この微分方程式の解は

 

    q(t) = A sin ωt + B cos ωt

 

となる。AとBは積分定数三角関数のかたちで振動する解だ。振り子の場合、ωと書いた“角振動数”は、振り子の紐の長さをl、重力加速度をgとして

 

    ω=√(g / l )

 

となっている。振り子の時はq(t) は、鉛直方向とブランコの紐(鎖?)の為す角度となる。

 

 今度はωが時間tに依存している場合を考える。振り子の場合、ひもの長さlが周期的に時間変化するとしよう。l0 を基準の紐の長さとして、その周りに周期的に伸び縮みするとしておこう。

 

    l = l(t) = l0 ( 1-h cos γt )

 

h は1に比べて小さいとして、( 1-x )-1 ≒ 1 + x +・・・という展開式を用いると

 

    ω(t)2 = g / l(t) ≒ g / l0 ×( 1 - h cos γt ) -1  = ω02 ( 1 + h cos γt )

 

となる。ここで、定数として、ω0 = √(g / l0 ) を定義した。運動方程式(1)は

 

    d2 q(t) / dt2 + ω0( 1 + h cos γt ) q(t) = 0  ・・・(2)

 

と書き直せる。これを近似的にでも解くのは大変なので授業では省略してしまう。詳しい分析では、ひもの基準の長さl0 を周期的に変化させるときの角振動数γが、基準の振り子の角振動数ω0

 

    γ= 2ω0 / n   (nは自然数

 

の関係にあるときに共鳴現象が起きることが知られている。n = 1 の時に特に大きな共鳴が得られるので、ここではその場合に限ろう。こうして

 

    γ= 2ω0 + ε

 

とおいてみる。εは小さな量とする。だって、ブランコを漕ぐときに、そんなにうまく自分でコントロールする角振動数γを、ブランコの固有の角振動数ω0 にあわせられないんだから、ずれを入れておいて、でもまぁ、ずれは小さいとしておこうというわけだ。

 

 こうして、運動方程式はさらに書き直せて

 

    d2 q(t) / dt2 + ω0( 1 + h cos [ ( 2ω0 + ε)t ] ) q(t) = 0  ・・・(3)

 

になる。

 

 解q(t) を

 

    q(t) = a(t) cos[ (ω0 +ε/ 2 ) t ] + b(t) sin[ (ω0 +ε/ 2 ) t ]  ・・・(4)

 

とおいて、運動方程式(3)に代入してみよう。ここで、aとbの時間微分、da(t) / dt 、db(t) / dt が小さな量εと同じ程度の量だとする。そして、aとbの時間についての2階微分、d2a(t) / dt2 、d2b(t) / dt2 はεの2乗ほど小さいとして無視する。さらに、運動方程式に代入した場合、cos[ 3(ω0 +ε/ 2 ) t ] や sin[3 (ω0 +ε/ 2 ) t ] の項が出てくるのだが、これらは小さい量hの2乗程度になることがわかっていて、これらも無視しよう。この項まで考慮するには最初に仮定した解q(t)にもcos[ 3(ω0 +ε/ 2 ) t ] や sin[3 (ω0 +ε/ 2 ) t ] の項を入れておく必要がある。ここではεもhも1次の項まで考慮する近似を取っているとして、出てきたcos[ 3(ω0 +ε/ 2 ) t ] や sin[3 (ω0 +ε/ 2 ) t ] の項を無視してしまう近似を使う。そうすると、途中の計算は全部端折って、(4)を(3)に代入した方程式から近似的に

 

    -ω0 ( 2 da(t) / dt +b(t)ε+ ω0 h b(t) / 2 ) sin[ (ω0 + ε/ 2 ) t ]

    +ω0 ( 2 db(t) / dt -a(t)ε+ ω0 h a(t) / 2 ) cos[ (ω0 + ε/ 2 ) t ] ≒ 0

 

という式が得られる。すべての時間tでこの式が成り立つためには

 

    2 da(t) / dt +b(t)ε+ ω0 h b(t) / 2 = 0

    2 db(t) / dt -a(t)ε+ ω0 h a(t) / 2 = 0

 

の2式が成り立っていればよい。さらに、a0 、b0 を時間に依存しない定数としてa(t)、b(t)を、

 

    a(t) = a0 est 、b(t) = b0 est

 

とおいて、上の2式に代入してからest で割っておくと、ついでに2でも割っておくと

 

     s a + bε/ 2 +ω0 h b / 4 = 0

     s b - aε/ 2 +ω0 h a / 4 = 0

 

が得られる。最近の高校生は数学で行列を習わないと聞くが、行列とベクトルで上の2式を一発で表すと(といっても、ここでは書けないのだが・・・)

 

    Γ     s        ( ε +ω0 h / 2 ) / 2  〕 |a|=  |0|

    L -( ε-ω0 h / 2 ) / 2     s   」 |b|=  |0|

 

みたいに書ける(苦しい)。

 

 

 a = 0、b = 0以外の解を持つには、行列の行列式が0であれば良いので、行列式を0とすると

 

    s2 + ( ε2 -ω02 h2 / 4 ) / 4 = 0

 

が得られる。こうして、

 

    s =( 1 / 2 )× √( (ω0 h / 2 )2 -ε2 ) ・・・(5)

 

が出てくる。結局、近似的ではあるが、q(t) が求まり、

 

    q(t) = a0 est cos[ (ω0 +ε/ 2 ) t ] + b0 est sin[ (ω0 +ε/ 2 ) t ] 

 

が得られる。sが純虚数、つまり(5)式で、

 

     (ω0 h / 2 )2 -ε2 < 0

 

のときはei|s|t = cos (|s|t) +i sin (|s|t) だから、やっぱり振動する解になるので、共鳴は起きない。ところが

 

    (ω0 h / 2 )2 -ε2 > 0 ・・・(6)

 

のときにはsは実数なので、解q(t) は時間tが経つと、est でどんどん大きくなる。ブランコだったら、振れる角度q(t)が時間とともにどんどん大きくなるということなので、漕げているというわけだ。

 

 ブランコを漕いでどんどんブランコの振れ幅が大きくなるためには、(6)の条件から、角振動数の2ω0からのずれεが

 

    -hω0 / 2 < ε< hω0 / 2

 

の範囲に収まっていれば共鳴が起きてブランコが漕げるというわけだ。

 

 では、ブランコで“ひも”の長さをどう変化させれば良いのか?

 

 ここで言う“振り子の紐の長さ”は、支点から重心までの長さと思えばよいので、ブランコを漕ぐときであれば紐の支点から重心の高さまでが“振り子の紐の長さ”とみなせる。重心の高さを変えるために、ブランコを立ち漕ぐするときであれば、体を伸ばしたり縮めたりするわけだ。ブランコが行って帰ってくるまでの周期Tは角振動数ω0に反比例、すなわちT = 2π/ ω0 だ。だから、ブランコが一周期する間に、体の上下動を2回することになる。だって、体の上下の一周期は2π/ γ= 2π / 2ω0 = T / 2だから、ブランコの一周期の半分で上下動を1回すれば“パラメータ共鳴”してブランコが漕げるというわけだ。ブランコの一周期であれば体の上下動は2回。こうして、ブランコが最高点に達した時に体を伸ばし、最低点を通過するときに体をかがめて縮め、次の最高点でまた体を伸ばす。この繰り返しでブランコは漕げる。

 座ってブランコを漕ぐときには、最高点ではて膝から下の足を曲げて胴体と垂直方向に伸ばして重心を上げ、最低点では足を普通にぶらんと下の方に垂らして重心を下げ、次の最高点ではまた胴体と垂直方向に伸ばして重心を上げて、ブランコの半周期で1回の重心の上下動を行う。

 

 おそらく立漕ぎでの重心の移動のほうが、座って漕ぐ場合の重心の上下移動より大きいだろう。だから、立漕ぎした方が、若干hが座り漕ぎの時より大きい。εが同じだと、hが大きい方がsが大きくなるので、est の割合で増大する振幅は、同じ時間tだけ漕いでいても立漕ぎの方が大きくなるというわけだ。