100.恒星になれなかった木星

 概論の授業の最終回は、ミクロの物理学、量子科学に触れて、基礎方程式であるシュレーディンガー方程式を見せて、トンネル効果なんか説明して、無からの宇宙生成の可能性まで話して締めていたのだが、昨年やったら、難しすぎてわからないと、評判が大層悪かった。

 そこで、今年は、直前、ギリギリになってから話題を変えて、不確定性関係だけに絞ることにした。それだけでは物足りないので、不確定性関係を使って水素原子の大きさを見積もり、ついでに、恒星になれない星の話を紛れ込ませるという三題話でいくことにした。最終回の前の回は、核融合で太陽が燃えており、その寿命を見積もるという話をしたので、まぁ、対(つい)になっていて良いかな、という程度で選んだ題材だ。

 

 急遽話題を変えたので、シラバスには書いていない。契約書じゃないんだから、契約不履行とはならないだろう。

 

 まずは、電子などの素粒子を想定して、その位置を測定することを考える。観測するためには、何か働きかけに対する応答をみなければならない。簡単には、光を当てて位置を測定すればよい。しかしながら、電子はミクロな対象なので、光を当てても光(電磁波)の波長より小さい距離は区別がつかない。どの点から散乱された光を観測しているのかわからないからである。顕微鏡では“分解能”として知られていることだ。したがって、位置測定の精度は、当てる光の波長λ程度であることがわかる。そこで、位置測定での不確定さをΔxと書くことにすると、

 

    Δx ≒ λ

 

というわけだ。Δx より小さい距離は区別がつかないということ。こうして、精度良い位置測定のためには、あてる光の波長 λ を短くすれば良いと言える。

 

 

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 しかし、照射する光は運動量 p を持つ。第25回に記してあることだ。光(光子)の持つ運動量 p は

 

    p = h / λ

 

だった。ここで、h はプランク定数で、h = 6.6×10-34 Js。でも、これを 2π で割ったℏ(エッチバー)= h / (2π) = 1.0545718×10-34 Js が基礎定数で、よく使われる。なので、

 

    p = h / λ = 2πℏ / λ

 

波長 λ の短い光を当てるということは、運動量 p の大きな光を当てるということに等しい。

 光を照射された電子は、光から運動量を得て、自分自身の運動量を変えてしまう。光を感知する観測装置はある程度の大きさを持っているので、光はある程度の開口角をもって観測されるはずである。なので、位置測定に関与する光がどの角度で入ってきたかは精確にはわからなくなるので、電子は光からどれだけの運動量を受け取ったかは、その範囲で分からなくなる。

 

 こうして、光の照射による電子の運動量測定では、運動量測定の不確定さ Δp として

 

    Δp ≒ 2πℏ / λ

 

不定性が避けられないというわけだ。

 

 位置測定と運動量測定を行うと、ともに不確定さが存在し、片方を小さくする、たとえば Δx → 0 とする為には λ → 0 とする必要があるが、このときには運動量の不確定は大きくなってしまう。だって、λ → 0 では運動量の不確定さ Δp の分母が零になって、Δp → ∞ になってしまうから。

 

 不確定さの積は、

 

    Δx Δp ≒ λ×(2πℏ/λ)≒ ℏ

 

となる。定数2π は無視した。こうして、ℏ(またはh)が 0 でない限り、左辺の積は零にはならない。この事実は不確定性原理と呼ばれ、上の関係式、Δx Δp ≒ ℏ を不確定関係と呼ぶ。

 

 さて、この不確定性原理を用いて、水素原子の大きさを見積もっておこう。三題話の二題目。  

         

 

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 水素原子核(陽子)は電子の 1860 倍の重さを持つので、水素原子核は動かないとして、その周りに電子がいるとしよう。水素原子のエネルギー E は

 

    E = (1/2) me v2 - (e2/ 4πε0 r)    

      = p2 / 2 me -e2 / 4πε0 r

 

ここで、電子の質量を me = 9.1×10-31 [kg]、電子の速さを v、運動量は p = me v、位置エネルギーは陽子と電子の電気的エネルギーから -e2 / ( 4πε0 r) なっていることは認めよう。ここで、ε0 = 8.85×10-12 [A2 s4 /m3 kg] は真空の誘電率と呼ばれる量であり、また、e = 1.6×10-19  [C] は素電荷だ。電子は原子の中心から“原子の大きさ” r  までのどこにいるか正確には解らない、つまり不確定なので、原子の大きさをrとして、r 程度の“位置の不確定さ”があると考えられる。すなわち

    Δx ≒ r

 

よって、運動量の不確定さ Δp は、不確定性関係から

 

    Δp ≒ ( 1 / Δx ) ×ℏ ≒ ℏ / r

 

と得られる。こうして、水素原子中の電子の運動量は不確定で、Δp 程度の運動量を持つと考えないといけないので、エネルギー E は

 

    E ≒ (Δp)2 / 2 me - e2 / 4πε0

     = ℏ2 /(2 me r2)- e2 / (4πε0 r)   ・・・(1)

 

となる。これはある r で最小値を持つ。そこが安定な水素原子の大きさになる。

 

 

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 E が最小なので、E の接線の傾きが零になる点、つまり E の r による1 階微分が零になる点 r がエネルギー最小を与える。こうして、

 

    dE/ dr=-ℏ2 /(me r3 ) + e2 / (4πε0 r2 )=0

 

よって

 

    r = 4πε02 / me e2

     = aB  (=0.5×10-10  [m] )   ・・・(2)

 

が得られる。これが水素原子の“大きさ”と見積もれる。これは、ボーア半径とよばれ、改めて aB と書いた。

 

 このとき、水素原子のエネルギー E は、(1)に(2)を代入して

 

    E = ℏ2 / (2 me r2 )- e2 / (4 πε0 r)

     = -me / (2 ℏ2 )×( e2 / (4πε0 ))2

     = 13.6 eV

 

と得られる。これで、水素原子の大きさとエネルギーは決まった。

 

 三題話の三題目。

 

 木星は太陽のように核融合をおこして、自ら輝く星ではない。ということは、木星内部では構成原子の組成を変えないということだ。つまり、水素原子核は水素原子核のままで、重水素核やヘリウム原子核核融合しない。核融合しない惑星の限界質量を大雑把に評価して見よう。

 

 水素原子 N 個から星ができているとする。電子の質量は、水素原子核(陽子)に比べて軽いので、星の質量 M は、星内部の水素原子の個数を N [個]として、

 

    M = N × mp    ・・・(3)

 

として良かろう。ここで、mp は陽子、つまり水素原子核の質量だ。水素原子の大きさはボーア半径 aをとり、

 

    aB = 4πε02 / me e2  = 0.5×10-10 m

 

であった。

 

 この星は、水素原子がぎっしり詰まっていて核融合するかしないかのギリギリにあるとすると、星の半径を R として

 

    (4 / 3) πR3 =N×(4 / 3)πaB3

 

よって

    R = N1/3 aB    ・・・(4)

 

と見積もられる。核融合するほど重力は強くないので、重力エネルギー GM2 / R は電気エネルギー e2 / ( 4πε0 aB ) より小さいだろう。重力エネルギーが強ければ、水素原子核を押しつぶして核融合を始めるだろうから。ただし、原子は N 個あるので、電気エネルギーは水素原子すべて考えに入れて

 

    G M2 / R  < N×e2 / ( 4πε0 aB )

 

これを、星が核融合しない条件として設定して見よう。(3)から M を、(4)から R を消去して

 

    G N2 mp2 / ( N1/3 aB ) < N×e2 / ( 4πε0 aB )

 

こうして、

 

    N < ( e2 / (4πε0)×1/(G mp2 ))3/2

        = [(e2 / (4πε0 ℏ c)) / (G mp2 / (ℏ c))]3/2

 

が得られる。プランク定数(を2πで割ったもの)ℏ、光速 c を分母分子に入れた。ここで、物理定数に数値を入れよう。光速  = 3.0×108 [m/s]、万有引力定数 G = 6.67×10-11 [m3 /kg s2]、陽子の質量 mp = 1.67×10-27 [kg]。無次元量が現れるように ℏ と c を入れておいた。無次元になる量は

 

    e2 / (4πε0 ℏ c ) = 1 / 137

    G / (ℏ c)×mp2 = 0.6×10-38

 

をうまく使うと、核融合しないこの星の陽子(水素原子核)の個数には制限があり、それは

 

    N < 1054  個

 

となることがわかった。従って、この星の質量、半径には、おおよそ

 

    M = N×mp < 2×1027  kg       ・・・(5)

    R = N1/3 aB < 5×107  m

 

という制限があることがわかる。ここで陽子質量 mp = 1.67×10-27 kg、水素原子の大きさ aB = 0.5×10-10  m を用いた。

 

 ちなみに太陽では、N ≒ 1057 個の水素原子核が存在している。

 

 木星の観測値を見ておこう。

 

    質量:M ≒ 1.9×1027  kg

    半径:R ≒ 7×107  m

 

(5)と、桁は合っている。木星は実際に燃えていないので、木星は惑星としては結構ぎりぎりの質量と大きさを持っていると結論できよう。これ以上重いと恒星になって輝いていただろう。

 

 地球から太陽系内に 2 つの恒星が見られるのも、結構魅力的だったかも。