103.数字の並びから法則へ
原子から放出される光は、特定の波長を持っている。たとえばナトリウムならおおよそ 589 nm(ナノメートル)で、橙黄色、高速道路のトンネルなんかに使われている、いわゆるナトリウムランプだ。ネオンだと、いくつかの波長が混ざっているが、だいたい赤橙色。ネオンサインだ。
もっとも単純な水素原子からも特定の波長の光のみが放出される。波長だとメートル単位では小さい数になるので、波長分の1、波数(を 2π で割った値)で書いておこう。
赤 :1523310 [1/m] (波長:656.5 nm)
青緑:2056410 [1/m] (波長:486.3 nm)
青 :2303240 [1/m] (波長:434.2 nm)
藍 :2437290 [1/m] (波長:410.3 nm)
紫 :2518130 [1/m] (波長:397.1 nm)
最新の測定値とはちょっと違っているかもしれないが、良しとしよう。
この数字の羅列から、何か言えるだろうか?
とりあえず、青緑と赤の波数(波長の逆数)の比を取ってみよう。有効数字 7 桁とする。
(青緑)/ (赤) = 2056410 / 1523310 = 1.349962
観測データに誤差もあるだろうから、まぁ、1.350 としておこう。そうすると
1.35 = 135 / 100 = 27 / 20 ・・・(1)
と綺麗な整数比で表せる。
この調子で、赤を基準に比を取ってみよう。次に、青と赤。
(青)/ (赤) = 2303240 / 1523310 = 1.511997
まぁ、1.512 だ。そうすると
1.512 = 1512 / 1000 = 189 / 125 ・・・(2)
次は、藍と赤。
(藍)/ (赤) = 2437290 / 1523310 = 1.599996
1.600 だ。そうすると
1.6 = 16 / 10 = 8 / 5 …(3)
最後は、紫と赤。
(紫)/ (赤) = 2518130 / 1523310 = 1.653065
おや、あまりきれいな整数比になりそうにない。そこで、“連分数表示”に似せて、考える。まず、2518130 / 1523310 = 251813 / 152331 であり、これより大きい最小の整数(今の場合は 1.653065 より大きい最小の整数は 2 )を用いて
251813 / 152331 = 2-52849 / 152331 ・・・(A)
とする。こうして
251813 / 152331 = 2-1 / (152331 / 52849)
なので、(A)で出てきたお釣りの分数の逆数を考えて、同じ操作をする。つまり
152331 / 52849 = 3-6216 / 52849 ・・・(B)
こうして、
251813 / 152331 = 2-1 / ( 3-6216 / 52849 )
= 2-1 / ( 3-1 / ( 52849 / 6216 ))
なので、(B)のお釣りの分数の逆数を同じ手順で
52849 / 6216 = 9-3095 / 6216
とする。したがって、最初の(紫)/(赤)の分数は
251813 / 152331 = 2-1 / ( 3-6216 / 52849 )
= 2-1 / ( 3-1 / ( 52849 / 6216 ))
= 2-1 / ( 3-1 / ( 9-3095 / 6216 )) ・・・(C)
と書ける。続けても良いが、水素原子から測定した光の波数(波長)の観測値は誤差を含んでいるだろうから、最後に現れた分数
3095 / 6216 = 0.497909 ≒ 0.5 = 1 / 2
と、綺麗な 1 / 2 にしておこう。そうすると、(紫)/(赤)の(C)式は
251813 / 152331 = 2-1 / ( 3-1 / (9-1 / 2 ))
= 2-1 / ( 3-2 / 17 )
=2-17 / 49
= 81 / 49
と、比較的綺麗な整数比になる。
さて、得られたものを纏めておこう。
(青緑)/ (赤) = 27 / 20
(青)/ (赤) = 189 / 125
(藍)/ (赤) = 8 / 5
(紫)/ (赤) = 81 / 49
分母を並べると
20, 125, 5, 49
だ。最初の 3 つは 5 で割り切れるので、割ってから並べると
4, 25, 1, 49
となる。すべて平方数(4 = 22 , 25 = 52 , 1 = 12 , 49 = 72 ) だ。2 番目が 5 の 2 乗、4 番目が 7 の 2 乗なのに、3 番目は 6 の 2 乗ではない。1 番目もこの推測からは 4 の2 乗であったらよいのにそうなっていない。
計算では分数を扱ったので、どこかで約分してしまったのかもしれない。もともと、赤の波数 1523310 [1/m] を使って割り算していたので、たまたま青緑と藍の時は約分されてしまったのかもしれない。そこで、3 番目で失われていた 6 の 2 乗、36 を復活させるために 36 を掛けて 36 で割るという操作をして、赤の波数を表してみよう。
1523310 [1/m] = 10967832 ×( 5 / 36 )
そうして、赤の波数 1523310 を基準にするのではなく、上で出てきた 5 / 36 を除いた数値、10967832 を基準に比を取ったと思おう。すると
(赤)/ (10967832) = 1523310 / 10967832 =( 10967832 × ( 5 / 36 )) / 10967832
(青緑)/ (赤) = 27 / 20 =(青緑)/ ( 10967832 × ( 5 / 36 ))
(青)/ (赤) = 189 / 125 = (青)/ ( 10967832 × ( 5 / 36 ))
(藍)/ (赤) = 8 / 5 = (藍)/ ( 10967832 × ( 5 / 36 ))
(紫)/ (赤) = 81 / 49 = (紫)/ ( 10967832 × ( 5 / 36 ))
すなわち
(赤)/ (10967832) = 5 / 36
(青緑)/ (10967832) = 27 / 20 × ( 5 / 36 ) =3 / 16 = 12 / 64
(青)/ (10967832) = 189 / 125 × ( 5 / 36 ) = 21 / 100
(藍)/ (10967832) = 8 / 5 × ( 5 / 36 ) = 2 / 9 =32 / 144
(紫)/ (10967832) = 81 / 49 × ( 5 / 36 ) = 45 / 196
となる。青緑の結果には最後に分母分子 4 を掛け、藍の結果には 16 を掛けて、分母が平方数になるようにした。分母は赤から順に、36 = 62 、64 = 82 、100 = 102 、144 = 122 、196 = 142 だ。6 から始まり、偶数の 2 乗が出ている。しかも赤から順に分母を書くと
36 = 62 = 9 × 4 = 32 × 22
64 = 82 = 16 × 4 = 42 × 22
100 = 102 = 25 × 4 = 52 × 22
144 = 122 = 36 × 4 = 62 × 22
196 = 142 = 49 × 4 =72 × 22
のように、4 でくくると、3、4、5、6、7 それぞれの 2 乗がきれいに現れる。
では分子は規則性があるだろうか? 赤から順に、
5 = 9-4 = 32 - 22
12 = 16-4 = 42 - 22
21 = 25-4 = 52 - 22
32 = 36-4 = 62 - 22
45 = 49-4 = 72 - 22
となっているではないか。3 から順に 2 乗から 4、すなわち 2 の 2 乗を引いた数になっている。分母にも 4 が出てきていた。
ここで、いつも 10967832 が出てくるので、これを R と書くことにしよう。
R = 10967832 [m-1]
こうしておくと、水素原子から放出される光の波数(波長 λ の逆数)は
(赤の波数) = 1 / λ赤 = R× ( 32 - 22 ) / ( 32×22 )
(青緑の波数)= 1 / λ青緑 = R× ( 42 - 22 ) / ( 42×22 )
(青の波数) = 1 / λ青 = R× ( 52 - 22 ) / ( 52×22 )
(藍の波数) = 1 / λ藍 = R× ( 62 - 22 ) / ( 62×22 )
(紫の波数) = 1 / λ紫 = R× ( 72 - 22 ) / ( 72×22 ) ・・・(4)
見事な規則性が見えたではないか。
以上の素晴らしい洞察は、1885 年、スイスで中学校の教師をしていたバルマーが為したことである。バルマーは波数ではなく波長そのものを扱っていたようで、彼が得た式は、
λ = h m2 / ( m2 - n2 ) 、 ここで、n = 2、m = 3, 4, 5, 6, 7 ・・・(5)
である。h = 4 / R とすれば、先に得た式と同じだ。
のちに、リュードベリは、(5)をひっくり返した(4)式を一般化して
1 / λ = RH ( 1 / n2 -1 / m2 ) 、ただし n < m、n, m は自然数
を得た。n = 2 の場合がバルマーが見出した規則だ。RH はリュードベリ定数と呼ばれ、(4)の R のことだが、現在の測定では
RH = 10973731.568160 [m-1 ]
という値が得られている。
一度でいいから、バルマーのような仕事をしてみたいものだ。