110.古典電子とスピン
前回、トムソン散乱の話で、古典電子半径の話がでてきた。復習しておこう。
電子に半径 a があったとする。そうすると、電荷 ‐e を持った電子が、電子の外側に作る電場による静電エネルギー E は、計算すると
E = e2 / ( 8πε0 a ) ・・・(1)
となる。このエネルギーが、実は電子の質量エネルギーだ、という大胆な仮定を置くと、電子の質量を me として、光速 3.0×108 m/s を c とすると質量エネルギーは E = me c2 だから、
E = e2 / ( 8πε0 a ) = me c2
となるので、a について解くと
a = (1 / 2 ) × ( e2 / (4πε0 me c2 )
となる。この a から因子 1/2 を外したものを「古典電子半径」と呼び、re と書いた。
re = e2 / (4πε0 me c2 )
この re が「古典電子」の大まかな半径と考えられる。ここで、e は素電荷 1.6×10-19 C(クーロン)、ε0 は真空の誘電率で 8.85×10-12 C2 s2 / kg m3 、電子の質量 me は9.1×10-31 kg。数値を代入すると
re = 2.82 × 10―15 m ・・・(2)
が得られる。
こんなことを考えたことがある。
素粒子には「スピン」と呼ばれる角運動量を持つものが多い。電子も
J = ℏ / 2 ・・・(3)
という角運動量を持っている。ここで、ℏ = 1.05 ×10-34 J・s という値と単位を持つ。1 J = 1 kg m2/s2 、s は秒、m はメートル。なので、
J = 5.27 × 10―35 J・s ・・・(4)
もし、電子に半径 re があり、この「古典電子」が自転していて、その時点の角運動量が J になっていると考えてみよう。「古典電子」密度が一様な剛体とすると、この剛体の回転のしにくさを表す主慣性モーメントと呼ばれる量 I は
I = ( 2 / 5 ) me re2
となる。剛体がある軸の周りを一様に回転しているとする。1 秒当たりの回転角を回転の角速度と呼び、ω と書くことにすると、回転の角運動量 J は
J = Iω ・・・(5)
となる。回転軸を極軸としたとき、赤道にあたるところの剛体表面の速さ v は、剛体の半径が re なので、
v = re ω
となるので、(5)の角運動量 J は
J = ( 2 / 5 ) me re v
と書ける。これを電子のスピン角運動量(3)とすると、
J = ℏ / 2 = ( 2 / 5 ) me re v
となるので、赤道面での「古典電子」の回転の速さ v は
v = 5ℏ / ( 4 me re ) ・・・(6)
となり、数値を代入すると、ℏ = 1.05 × 10-34 J・s、me = 9.1 × 10-31 kg、および(2)式から re = 2.82 × 10―15 m だったので、結局
v = 5.1×1010 m / s
が得られる。これは、光の速さ、c = 3.0×108 m / s より大きな値になってしまう。アインシュタインの特殊相対性理論によると、光速を超えることはできないので、電子スピン角運動量が古典電子の自転と考えると矛盾が生じることがわかる。
こうしたことからも、素粒子のスピンは古典的に理解できない、極めて量子論的な、素粒子固有の量であると結論できる。
実際、電子には大きさはない、少なくとも電荷の広がりから見ても10-18 m よりは小さいので、古典電子半径よりもさらに小さい。(6)からさらに赤道面での速さは早くなるので、ますます見込み薄だ。