112.物理法則と生物

 第 22 回で、呼吸と拡散について触れた。昆虫などは肺がないので、体の表面から酸素を吸収するが、体内に酸素を運ぶのは、酸素の拡散に任せている。

 

 生物も物理法則に支配されているので、それに合わせて進化してきたのだろう。

 「ファインマン物理学」の中で、ファインマンは眼について述べている。人やタコなどの生物では個眼を発達させている。目を大きくして集光力を高められる。そして、2つおいて、遠近を感じられるようにしている。

 ところが、昆虫は小さいので、大きな個眼を顔に載せられない。

 そこで、個眼をたくさん集める戦略に出た。

 ファインマンの説明を備忘しておく。

  

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 図のように、一つの個眼の直径を δ、個眼を集めて一つの丸い複眼を形つくるが、その複眼の半径を r とすると、図のように個眼が見込む角度 θ は

 

    θ= δ/ r    ・・・・(1)

 

となる。

 

 一方、光は波なので、物体の背後に回りこむ性質がある。これは回折と呼ばれる。こうして、あまり個眼が小さいと光が回折してまっすぐに来ず、ぼやけてしまう。光は波だから仕方がない。つまり、個眼の大きさδを小さくしすぎると、その個眼の方向だけではなく、他の方向から来た光が回り込んでその個眼に入ってくるので、一つの方向だけをはっきり捉えることができなくなる。

 光が回り込んでいく角度 φ は、光の波長を λ として

 

    φ=λ/δ    ・・・・(2)

 

となることが知られている。(1)式では δ を小さくしたほうが、一つの複眼に個眼を沢山載せられて有利になることがわかる。一方、(2) 式では δ を大きくしたほうが、光の回り込んでくる角度 φ が小さくなり、光は直線を進んできたとみなせるので、どの方向からの光かがわかり、ぼやけず鮮明に見える。こうして、光の回折の影響を小さくするには δ が大きい方が有利になる。

 

 (1)式、(2)式、両者の折り合いをつける最適な δ は、下図のように θ + φ が最小となるところと考えてよかろう。

   

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微分を知っていれば、θ + φ を δ で微分して例になるところが最小値を与えることがわかる。こうして

 

    d (θ+φ) / dδ = 1 / r -λ/δ2 = 0

 

よって

 

    δ= √(λr )

 

と求まる。

 

 ファインマンはミツバチの例を出している。ミツバチは光の波長、λ ≒ 400 nm (ナノメートル)= 400 × 10―6  mm の紫色の光を良く見ているそうだ。おそらく花びらからの反射光だろう。ミツバチの複眼の大きさはおおよそ r ≒ 3 mm。これで、ミツバチの個眼の大きさ δ を計算してみると

 

    δ= √(3×400×10―6 ) mm ≒ 3.5×10-2 mm ( = 35 ミクロン)

 

つまり、35 ミクロンと計算できた。実際のミツバチの個眼の大きさは 30 ミクロン程度だそうなので、だいたい計算で出せた。

 

 こうして、生物も物理法則に従って、最適解を探して進化してきているようだ。

 

 では、どうして昆虫は小さいのだろうか。

 

 一つの仮説だが、最初に述べたように昆虫は肺がないので酸素を拡散で細胞に送っている。拡散に要する時間 t と、運ぶ距離 x には

 

    t = x2 / (2 D)   ・・・(3)

 

の関係がある。ここで、D は拡散係数で、酸素の場合おおよそ D = 20 mm2 / s である。この関係だけで酸素を体に運んでいるとすると、体表面の気門で取り込んだ酸素が、例えば 1 秒で届かないといけないとすると、1 秒で酸素が届く距離 x は(3)式から

 

    x = √(2Dt) = √(2×20×1) = 6.3 mm

 

なので、体の両側から酸素が来ると、体の太さは直径 1.2 cm 程度になる。

 

 ちょっと小さすぎ。

 酸素の濃度勾配があるともっと早く酸素は移動するだろう。酸素の単位面積、単位時間当たりの流速 J は、酸素濃度の勾配を dc / dx と書いて

 

    J = ―D dc / dx

 

となる。体表面と体内の酸素濃度の差 dc/dx によって早く拡散するのだろう。

 ほかに、お腹を膨らませたりへこませたりして、さらに酸素の移動速度を速めることも可能だ。

 

 考えられる要素を合わせたら、昆虫の大きさの限界はどれくらいになるのだろうか?

 ちょっと知りたい。