27.エントロピー

 

 熱力学のさわりを、本当にほんの少しのさわりを講義する。熱力学第2法則、エントロピー増大則の説明をする。エントロピーはわかりにくい。まずは言葉から。1865年、クラウジウスが導入した概念で、ギリシャ語で変化を意味するτ(たう)ρ(ロー)ο(オミクロン)π(パイ)η(エータ)、τροπη、トロペを基に作られた造語。英語でentropyなので、最初のenはギリシャ語ではε(イプシロン)ν(ニュー)、εν、~において、という前置詞(たぶん)。歴史の話をすると受けが良い。でき上がった陳列物をただ眺めるのではなくて、人が苦闘して考えてきたものだということがわかるからかなぁ。

 

 熱力学では、熱の変化をQ、その時の絶対温度をTとして、エントロピー変化ΔSは

 

    ΔS = Q / T    ・・・(1)

 

で導入される。なんのこっちゃ。ミクロに扱うと、系を構成する粒子が取り得る状態数をWとして、

 

    S = kB × ln W  ・・・(2)

 

となる。kB はボルツマン定数。これは第10回でも出てきた。ln は自然対数対数の底をネイピア数 e (=2.71・・・)にとったもの。

 

 これらが等しいことを講義で説明、または雰囲気だけでも伝えたい。そのためには、第11回で導いたMaxwell-Boltzman分布が必要なので、少ない講義ではそこまでできない。残念。断念。

 

 で、忘れないように、伝えたかった雰囲気を、ちょっと書いておこう。  

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 図のように、初め、粒子はエネルギーε1 に n1 個、ε2 に n2 個・・・、εr に nr 個あったとする。そこに、熱が加わって、エネルギーε1 にあった粒子がエネルギーεr の状態に移ったとしよう。熱を加えた後は、ε1 に n1’ 個、ε2 にはそのまま n2 個・・・、εr は nr’ 個になったとする(話の単純化の為)。

 エネルギー変化を受けた粒子の個数Δnは

    

    Δn = n1 - n1’ = nr’- nr

 

だ。エネルギーは保存するから、加えた熱エネルギーQが、すべて粒子のエネルギーの増大につながっているはずだ。ということは、

 

    Q = Δn× (εr -ε1 ) ・・・(3)

 

が成り立っている。

 

 さて、粒子が取り得る‘‘状態数’’ W を数えよう。最初、熱を加える前には、同種の N

個の粒子を、エネルギー ε1 に n1 個、ε2 に n2 個・・・、εr に nr 個・・・に分ける場合の数が状態数だから、

 

    W最初 = N ! / (n1 ! n2 !・・・nr ! ・・・)

 

だ。ここで、 n ! = n×(n-1)×(n-2)×・・・×2×1 のこと。階乗だ。熱を加えた後の状態数は、

 

    W最後 = N ! / (n1' ! n2 !・・・nr ' ! ・・・)

 

となる。両者の比をとると、n1’<n1 、nr’>nr に注意して、

 

    W最初 / W最後 = n1' ! nr ' ! / ( n1 ! nr ! )

          = ( nr’×(nr’-1)×・・・×(nr +1)) / ( n1 ×(n1-1)×・・・×(n1'+1))

 

になる。ここで、分子では nr’-nr = Δn 個、分母では n1-n1’= Δn 個の数が掛け算されている。どっちもΔn個だ。粒子の個数はとても多いので、-1 とか、-2 (引く2)とかの1とか 2 は n1 とか nr に比べて圧倒的に小さいから、無視してあげると、分子では nr ( ≒ nr’)が Δn 個、分母では n1 が Δn 個掛け算されているとして良いので、

 

    W最初 / W最後 = nr (Δn) / n1 (Δn) = ( nr / n1 )Δn

 

と書ける。一方、粒子の分布の個数 ni は、第11回で導出したMaxwell-Boltzman 分布に従っているので、

 

    n1 = A exp( -ε1 / ( kB T ) ) ,   nr = A exp( -εr / ( kB T ) )

 

のはずだ。ここで、A は共通のある定数。T は絶対温度。またexp(a) = ea のことだった。こうして、

 

    W最初 / W最後 = ( exp( -εr / ( kB T ) ) / exp( -ε1 / ( kB T ) ) )Δn

          = exp (-Δn ×(εr -ε1 ) / (kB T ) )

          = exp(-Q / (kB T ) )

 

と変形できる。ここで、エネルギー保存の関係(3)式を使った。

 

 こうして、両辺の自然対数をとると、ln (a / b) = ln a -ln b の関係を使って、

 

    ln W最初 - ln W最後 = -Q / ( kB T )

 

が得られる。すなわち

 

   Q / T = kB × ln W最後- kB ×ln W最初

 

ということだ。左辺は、最初と最後のエントロピー‘‘変化’’だから、エントロピーS自身は

    

    S = kB ×ln W

 

と、(2)式が得られた。温度の一番低い状態、絶対零度では、すべての粒子はエネルギーの最低状況に置かれるはずだ。このような状況は一通りしかないので、状態数 W は 1。だから、絶対零度エントロピー S は S = kB ×ln 1 = 0 となる。ログ1は0だから。要するに、絶対零度ではエントロピーは 0。熱力学第3法則、またはネルンストの定理と呼ばれる。講義ではここまで話せないんだなぁ。

 

 赤いインクを数滴、多量の水の入ったバケツにでも垂らしてみる。赤いインクはバケツ全体に広がる。ここまではOK。しばらく見ていると、赤いインクはバケツの一角に再び集まってきて、そこだけ濃い赤で、その他は透明の水に戻った、なんてことはあり得ない。垂らした赤いインクの分子は、バケツ一杯に広がる方が、可能な取り得る状態数が大きくなる。だって、あっちに行っても良し、こっちに行っても良し、あっちに居る状態数はこれこれ、こっちにいる状態数はこれこれ。一カ所に留まるより状態数は増えている。自然は状態数、つまりエントロピーが増大する方向に進んでいく。状態数が減る方向、赤インクが1カ所に戻ってきて、狭い範囲でしか状態がないようなエントロピーの減る方向には進まない。これぞ、エントロピー増大の法則だ。

 エネルギー的に励起した原子は、ほっておくと安定な原子の状態に戻って、余分なエネルギーを電磁波(光)として放出する。‘‘エネルギー安定の法則’’があって、エネルギーの低い方に物理過程が進むのではない。光を出した分、原子・光の系は光が取り得る状態数だけ確実に系の状態数は増えるので、エントロピーが増している。だから、励起した原子は光を放出して安定な状態になる。