30.ベクトルの外積(ベクトル積)と四元数

 物理の授業をすると、必ずベクトルの解説をしなければならない。高等学校までは2次元平面のベクトルは習うが、3次元空間内のベクトルは習わない。次元が一つだけ増えるだけなのではあるが、高等学校で習わない、「ベクトルの外積」が登場する。

 

 高等学校では2次元のベクトル

 

   a = ( ax , ay ) 、   b = ( bx , by )

 

に対して、「内積スカラー積)」

 

   ab = ax bx + ay by

 

が定義されて、習う。それぞれの成分同士を掛け合わせてから、足す。3次元への拡張は簡単で、ベクトルの成分が3つになるので、

 

   a = ( ax , ay , az ) 、   b = ( bx , by , bz) ・・・(1)

 

に対して、「内積スカラー積)」

 

   ab = ax bx + ay by + az bz  ・・・(2)

 

とすればよい。ところが、3次元空間では、2つのベクトルからまたベクトルを作る演算が定義できて、これを「ベクトル積」という。定義は次の通り。

 

   a×b = ( aybz-az by , azbx-ax bz , axby - ay bx ) ・・・(3)

 

x、y、zの3成分のベクトル2つからまた3成分のベクトルa×b を作る。3次元になって初めて出てくる演算だ。

 

 学生さんに話をすると必ず出てくる感想は、「初めて見た」「高校まででは習わなかった」。それはそうだ。高校では3次元のベクトルはやらないから。ときどき「高校でなぜ教わらないのか」という質問が来るが、3次元のベクトルはやらないから。「2次元で教えてほしい」と言われても、あからさまに定義できない。なんでだろう?

 

 ベクトル自身は成分を増やしていけば、4次元でも5次元でも考えられる。でも、ベクトルの外積は、3次元と7次元でないと導入できない。なんでだろう?

 

 数学では、普通の1変数の「数」、実数と虚数の2変数を組み合わせた「複素数」の他に、ハミルトンの四元数というものが定義できる。4元数で数として演算が閉じる。次に定義できるのは八元数。「四」元数が定義できるので、一つ少ない数の次元、3次元でベクトル積が導入できる。「八」元数が定義できるので、一つ少ない数の次元、7次元でベクトル積は定義できる。

 

 良くわからないから、大学の同僚の数学コースの F 先生に聞きに行く。こういうとき、大学勤めは便利である。なんせ、どの先生に質問して解説してもらっても、タダである。

 

 なぜ定義できるのか、説明してもらったが、なお、六(むつ)かしい(寺田寅彦風表記)。

 

 それはさておき、四元数を考えよう。複素数は、虚数単位 i = √(-1)を考える。2乗したらマイナス1になる数が i 。どこかで、ある数学者は i を沢山印刷した風呂敷を持っていたと読んだことがある。「 i (愛)はすべてを包む」という洒落らしい。そんなことはどうでもよい。複素数は、虚数単位を使って

 

    z = a + b i

 

とかける。2つの複素数 za = a0 + a1 i 、zb = b0 + b1 iの掛け算は

 

    za zb = ( a0 + a1 i )×( b0 + b1 i )

      = a0 b0 -a1 b1 + (a0 b1 + a1 b0 ) i

 

となる。ここで、a0 = b0 = 0 ととると、

 

    za zb = -a1 b1 

 

となり、2つの「1次元ベクトル」a =(a1 )、b =(b1 ) の積が出る。マイナス符号を除いて、内積と言ってもいいし、外積と言ってもいい。なんせ、ベクトルを定義するときに重要な、回転を被る「向き」がないから、何と言ってもよろしい。「1次元ベクトル」はあまりにも自明だ。でもまぁ、2変数から成る「複素数」が数として定義できるので、1次元ベクトルの外積は定義できると思っておこう。あまりにも自明だけれど。

 

 次は四元数。2乗したらマイナス1になる3つの数、i、j、k を用意する。

 

    i2 = j2 = k2 = -1 ・・・(4)

 

 

i、j、k には次のような掛け算の関係がある。

 

    i j = -j i = k 、   j k = -k j = i 、   k i = -i k = j   ・・・(5)

 

2つの四元数

 

    ha = a0 + ax i + ay j + az k 、   hb = b0 + bx i + by j + bz k

 

面倒なので、最初から、a0 = b0 =0 としておこう。こうして、2つの四元数の積を計算して見る。(4)と(5)の関係に注意すると

 

   ha × hb = ( ax i + ay j + az k )×( bx i + by j + bz k )

       = -( ax bx + aby + az bz )

        + ( ay bz - az by ) i + ( az bx - ax bz ) j + ( ax by - ay bx ) k

 

となる。なんと、第1項はマイナス符号を除いて2つの3次元ベクトル(1)の内積(2)が現れている。第2、3、4項は外積(3)の x 成分、y 成分、z 成分だ。

 

 こんなことを授業で話していたら、ハタと思い当った。自分が学生のころ、3次元空間座標で、x 方向の単位ベクトル(大きさ1のベクトル)を i 、y 方向の単位ベクトル)を j 、z 方向の単位ベクトルをと書く流儀があった。ひょっとすると、ハミルトンの四元数の名残なのかもしれないと急に思い当った。

 

 ベクトルの内積外積を初めて定義したのは、グラスマンで、1844年のことだそうだ。ハミルトンが四元数を導入したのは1843年。