86.地球と月

 第85回では単位の定義の改訂について触れた。その中で、時間の単位、秒の定義を書いておいた。

 歴史的には、秒の定義はセシウム 133 原子を用いた定義になるまでは、1900 年の平均太陽日の 24 分の 1 の 60 分の 1 の 60 分の 1 を 1 秒として定められていた。太陽日というのは太陽が最高点に達してから次に再び最高点に達するまでの時間、まぁ 1 日のことだ。それを 24 時間に分けてさらに 60 分にわけてさらにさらに 60 秒に分けたものということだ。

 

 でも、地球の自転は遅くなっている。1900 年の平均太陽日と限定してはいるものの、遅くなる地球の自転に基づいた定義では、おさまりが悪い。そこで、セシウム133原子を用いた定義に直されたというわけだ。

 

 地球の自転が遅くなっていることは、地球と月の距離の測定でわかる。アポロ宇宙船で月に行った人類は、月にレーザー光線を反射する“鏡”をおいてきた。そこに向けて地球からレーザー光を発射し、地球に帰ってくるまでの往復の時間とレーザー光の光の速さから、地球と月の距離が測定できるというわけだ。

 測定によると、1年で平均 3.8 cm 月は地球から遠ざかっていることがわかる。

 

 ではなぜ、月が地球から遠ざかっていくと、地球の自転は遅くなるのか?

 

 ちょっと見ておこう。

      

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 地球と月を考える。地球の方が月よりだいぶん重いので、地球は静止していて、その周りを月が円運動していると近似しよう。月が円軌道しているときの月の角運動量を   Lとしよう。角運動量の説明はここでは省略。まぁ、少しだけ説明して見よう。月が円運動しているとして、地球と月を結ぶ線分を考える。左の図のように地球と月を結ぶ線分が、適当に決めた x 軸となす角度を θ とすると、月の運動とともにこの角度が変化していく。短い時間 Δt の間に角度が Δθ 変化した時、(変化した角度)÷(かかった時間)を角速度と呼ぶ。角速度を ω と書くと

 

    ω=Δθ / Δt      ・・・(1)

 

となる。ただし Δt は限りなく小さくとる。

 次に、物体の回転のしにくさ、慣性モーメントを考えよう。原点から距離 r 離れたところにある質量 m の物体の、原点周りの回転のし難さは m r2 となることが知られている。遠くに重いものがあると周りにくいというわけだ。物体の運動量 p が、物体の動き難さである質量 m と、動く位置変化である速度 v の積、すなわち p=mv であるのと似ていて、角運動量 L は物体の回転のし難さである慣性モーメント I(質量 m に対応)と、回転角の変化である角速度 ω(速度 v に対応)の積になる。つまり、L=Iω というわけだ。ということで、地球を回る月の角運動量

 

    L= m月 r2 ω      ・・・(2)

 

と書ける。m月 は月の質量。r は地球と月の距離。月の速さ v は、右図のように月が動いた距離 rΔθ を、要した時間 Δt で割ればよいので

 

    v = r Δθ / Δt = r ω

 

と書ける。ここで、(1)の角速度 ω を用いた。こうして、(2)は

 

    L= mr v      ・・・(3)

 

となる。

 月は地球の引力を受けている。第3回で見たように、質量 M地球 の地球が月に及ぼす引力は GM地球m / r2 となる。ここで、G は万有引力定数だ。第5回で見たように、この引力によって月に生じる加速度は、v2 / r なので、(質量)×(加速度)=(力)より

 

    mv2 / r = G M地球 m/ r2

 

なので、月の速さ v は

 

    v = √(GM地球 / r )

 

となるので、月の角運動量(3)は

 

    L = m√(GM地球) ×√r

 

と書ける。ここで、地球と月の距離 r が Δr 変化したら、右辺の √r を微分したと思って、月の角運動量の変化 ΔL月 

 

    ΔL= m√(GM地球) ×Δr / (2√r )   ・・・(4)

 

と得られる。こうして、地球と月の距離の変化 Δr が月の角運動量の変化 ΔLを引き起こすことがわかる。

 

 月の角運動量の変化は、地球の角運動量の変化と相殺される。角運動量の保存法則から月と地球の角運動量をあわせたものは、時間変化しない。そこで、地球の角運動量の変化を考えよう。地球は自転しているので、自転に伴う角運動量が変化していなければならない。こうして、地球の自転の時間が変化していることがわかる。

 地球は広がりを持った物体であり、中心を通る軸の周りの回転のしにくさ、すなわち慣性モーメントは、地球の半径を R、地球の質量を M地球 として、地球が一様な密度を持っていて、なおかつ“剛体”、つまり変形しない物体であるとすると

 

    (2 / 5 )M地球 R2

 

と計算される(ここではやらない)。実際には中心部が密度が高いので、上の式の慣性モーメントより小さくなり、地球の慣性モーメント I地球 としては

 

    I地球 =K M地球 R2

 

と書くと、K はおおよそ 0.3444 らしい。2/5 = 0.4 より小さいので、重いものが遠くには少なく、中心部近くにあるので、その分、周りやすいというわけだ。地球の自転の角速度を Ω とすると、地球の自転の角運動量 L地球 は、

 

    L地球 = I地球 Ω = KM地球 R2 Ω

 

となる。地球の自転角速度が ΔΩ 変化すると、地球の角運動量は変化し、その変化量 ΔL地球

 

    ΔL地球 = KM地球 R2 ΔΩ   ・・・(5)

 

となる。地球の自転の角速度は良く知っている。1日1回転だ。1日を τ で表し、1回転は2πラジアンなので

 

    Ω=2π / τ

 

なので、角速度の変化 ΔΩ は1日の長さ τ の変化 Δτ と関係がつくことがわかる。微分だと思って

 

    ΔΩ=-2πΔτ/ τ2

 

なので、1日当たり地球の角運動量の変化 ΔL地球 は、(5)より

 

    ΔL地球1日 =-2π KM地球 R2 Δτ / τ2   ・・・(6)

 

なので、角運動量の保存法則から1日当たりの地球、月、それぞれの角運動量の変化から

 

    ΔL1日 + ΔL地球1日 = 0

 

でなければならない。こうして、(4)、(6)から

 

     m√(GM地球) ×Δr1日 / (2√r )  -2π KM地球 R2 Δτ1日 / τ2 =0

 

つまり

 

    Δτ1日 =m τ2 / (4π K R2)×√(G / r M地球)×Δr1日

 

となる。1年たつと

 

    Δτ1年 =m τ2 / (4π K R2)×√(G / r M地球)×Δr1年

 

になる。数値を入れてみよう。

 

    K = 0.3444

    R = 6.37×106  m (地球の半径)

    M地球 =5.98×1024  kg (地球の質量)

    m = 7.35×1022  kg  (月の質量)

    r = 3.84×108  m  (地球と月の距離)

    G = 6.67×10-11   m3 / kg s2  万有引力定数)

    τ = 1 日 = 8.64×104  s   (一日の長さ)

    Δr1年 = 3.8×10-2  m (1年あたり、月が地球から離れる距離、3.8 cm)

 

以上から、電卓叩くと

 

    Δτ1 = 2.027×10-5  s ≒ 2.0×10-5 秒 = 20 マイクロ秒

 

地球の自転は、1 年当たり 2.0×10-5  秒 遅くなっているというわけだ。

 

 月と地球の距離が離れると、月の公転周期に影響を与える。詳しい計算をするとよいのだが、ここでは、ケプラーの第三法則、公転周期 T の二乗は軌道の大きさ r の三乗に比例する、という事実を用いて検討しよう。比例定数を a とすると

 

    T2 = a r3     ・・・(7)

 

となっている。r の変化 Δr が、月の公転周期の変化 ΔT を引き起こす。微分したと思うと

 

    2T ΔT = a ×3 r2 Δr

 

になるので、(7)を使って左辺は左辺、右辺は右辺で両辺割り算すると

 

    2 ΔT / T = 3 Δr / r

 

となる。数値をまた入れてみよう。地球と月の距離 r は既に書いた。月の公転周期 T は27.3 日  =  2.36×106 秒、1 年で地球と月は 3.8 cm 離れていくので、単純に考えると 10 万年では Δr10万年 = 3.8 km 離れるというわけだ。本当は、r も変わるので、逐一計算しないといけないのでこの限りではないが、まぁ、ここは単純化して一定の割合で離れていくとしておこう。こうして、10 万年あたり、月の公転周期の伸び ΔT は

 

    ΔT 10万年 = ( 3 / 2 )×(T / r )×Δr10万年 = 35.03 ≒ 35 秒

 

となる。つまり、10 万年で 35 秒程度公転周期がのびることがわかる。

 

 もし、一定の割合で地球の自転が遅くなり、月が地球から離れているとすると、昔は地球の自転は速く、すなわち一日は短く、月は地球に近い、すなわち夜の満月は今より大きく見えたはずだ。1 年当たり 2.0×10-5 秒 地球の自転が遅くなるということは、100 年で 0.002 秒自転が遅くなるということだ。逆に、10 億年前は

 

    1000000000 ×( 2×105) = 2×104 =5.6時間

 

だけ、地球の自転は速かったはずだから、10 億年前は地球の一日は 18.4 時間だったということになる。地球と月の距離は 3 万 8000 km 今より近かったというわけだ。今は 38 万 4000 km 離れているので、10 億年前は 34 万 6000 km、今の 90 % の距離だったというわけだ。ということで、10 % 余り、月は大きく見えていたはずだ。月の公転周期は10 万年で 35 秒伸びるということは、10 億年前では 350000 秒今より短かかったはずだ。350000 秒 = 97.22 時間 ≒ 4.1 日だから、公転周期は 23.2 日、地球の動きも入れて、だいたい 2 5日おきに満月になっていたというわけだ。