126.時間発展と虚数

 2020年も2学期になり、感染症禍の中、対面授業が一部再開された。学生さんも授業参加できるので、授業後に気楽に質問ができるようになったのは好ましい。

 

 ある授業の後、量子力学を自分で勉強しているという学生さんから、量子力学の基礎方程式のシュレーディンガー方程式の時間発展部分に、なぜ虚数単位が現れるのか、という質問を受けた。こんな方程式。

 

    i ℏ ∂ψ/∂t = H ψ   ・・・(1)

 

左辺に虚数単位 i(=√(-1))が現れる。物理なんだから実数の世界なのに、なぜ虚数が出てくるか?

 

 そういえば、少し違うが、学生の時に何故、量子力学波動関数 ψ は複素数なんだろうと考えたことを思い出した。質問の回答にはならないかもしれないが、折角思い出したので、備忘しておこう。

 

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 量子の世界では、粒子に波動性が伴う。粒子である電子の 2 重スリット実験を見ておこう。まず、スリットが一つのとき。図で、1の場合。左からやってきた電子は、衝立の穴、スリット①を通ってくるので、スリットの真正面に電子が来る割合は多いだろう。スクリーンに、電子を捉えたカウント数をプロットしていくと、スリットの前が多いヒストグラムになるだろう。図では曲線で書いておいたが。

 今度は図2のように、スリット②だけ空けておく。そうすると、スリット②の前に到達する電子は多いだろう。

 そこで、今度はスリットを①、②ともに空けておく。そうすると、スリット①と②の前に到達する電子が多く、カウント数のヒストグラムは 2 つのピークを持つかと思いきや、3のように電子がたくさん来るところと全然来ないところが何度も繰り返して現れる。これは、光を2重スリットに通して波の干渉縞を観察する実験で得られるパターンと同じであり、波の干渉縞が現れているのと同じになっている。こうして、電子には、ある種の“波動”が伴うと結論される。

 そこで、①を通った電子の波動の状態を ψ1、②を通った電子の波動の状態を ψと書くことにすると、2 つともスリットを空けたときの波動の状態 ψ は、波は拡がり、重ね合わせができるので、比例定数を除いて ψ=ψ1+ψと書けるはずだ。この電子の波動の状態そのものが電子を観測したカウント数に直接比例するなら、ψ で表される 2 つのスリットを空けた場合のカウント数は、ψと ψの和、つまりふた山になるはずだ。

 しかし実験結果は異なる。

 

 そこで、電子を観測したときに電子のカウントした位置が、電子の波動の状態の2乗に比例するなら、うまく干渉縞が説明できる。2 乗と書いたが、今、複素数が出るかも、という話をしているので、絶対値の 2 乗としておこう。こうして、

 

    |ψ|2 = |ψ1|2 + |ψ2|2 + ( ψ1ψ2* + ψ1*ψ2 )

 

となり、右辺の最初の 2 つの項がそれぞれのスリットの前に来るふた山になるはずのものだが、3 項目の括弧の項が干渉縞を与える項になり、実験を説明できる。

 

 今の 2 重スリットの例では電子が来るところ、来ないところが現れたが、2 重スリットなんか考えなくて、電子がどこにでも等しい割合でやって来る状況を考えてみよう。もし電子に伴う波を実数の波に制限すると、電子がどこにでもやってくるという状況を表すことができない。実数の波はフーリエ解析を使えば、いや、使うまでもなく、サインやコサインの三角関数、あるいはそれらの重ね合わせで書けるはずだ。例えばサインだと、波は

 

    sin (2πνt -2πx/λ)

 

と表される。ここで、ν は波の振動数、λ は波の波長だ。t は時間、x は座標。この波の2 乗、または絶対値の 2 乗は図のように、0 になるところも出てきて、一様な値にならない。

 

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 “波”なのに、2 乗または絶対値の 2 乗が場所に依らずに一定になるためには、サイン、コサインを重ね合わせて複素数の波を作ればよい。例えば、

 

     ψ(x,t) = cos (2πx/λ-2πνt) + i  sin (2πx/λ-2πνt)

       = exp ( i (2πx/λ-2πνt))

 

を用いてみよう。ここで、オイラーの公式

 

   eiθ = cosθ + i sinθ

 

を使った。また、exp ( iθ) = eiθ のこと。このとき、

 

   |ψ(x,t)|2 = exp ( i (2πx/λ-2πνt)) × exp (- i (2πx/λ-2πνt))

       = 1

 

なので、位置 x に依らず一定値となる。こうして、至る所、同じ割合で電子が観測される状況が実現される。

 こうして、粒子に伴う波は、複素数の波を許さなければならないという理解に至る。

 

 さて、粒子に波の性質が伴うのならば、波の伝播を考えることができる。詳細は省略するが、ファインマンはこの状況から経路積分を導いた。最初に粒子がいた位置 rと、次に粒子を観測した位置 rを固定しておいて、2点を結ぶ可能な経路 r(t) について積分する。

 

    ψ(rf , t ) = ∫D r(t) exp(iS/ℏ) ψ(r0 , t0 )

 

ここで、S は作用と呼ばれる量で、また、ℏ= h /2π。hはプランク定数。eiS/複素数とはいえ三角関数の波なので、プラスとマイナスの部分があり、積分していくと殆ど打ち消しあって寄与しない。最も経路積分に寄与するのはあまり振動しないもの、すなわち S が最小になる経路 r(t ) が“粒子”の軌道を与えることになる。これが解析力学で言う最小作用の原理だ。粒子に伴う初期の波 ψ(r0 , t0 ) が eiS/で伝播していくので、eiS/も波だとみなそう。作用 S は解析力学では、空間 1 次元で、かつエネルギーが保存する場合には

 

    S = ∫dt ( p (dx/dt) -E )

     = ∫p dx -E t

 

となる。ここで、p は運動量、x は座標、E はエネルギー。粒子に力が働かなければ、運動量 p は位置 x に依らず一定なので、S は

 

    S = px-Et

 

となるので、波は

 

    eiS/ = exp [ (i/ℏ)・( px-Et)]

 

となる。さっきの複素数の波

    ψ = exp ( i (2πx/λ-2πνt))

 

と比較すると、

 

    2πν=E/ℏ

    2π/λ = p/ℏ

 

が得られる。こうして、ℏ= h / 2π に注意して、

 

    E = hν

    p = h / λ

 

が得られる。左辺は“粒子”のエネルギーと運動量。右辺は“波”の振動数と波長。こうして粒子性と波動性がプランク定数 h を通して結び付く。この関係を、アインシュタイン・ド-ブロイの関係式という。

 

 さて、粒子に伴う波動が

 

    ψ(x, t ) = exp [ (i/ℏ)・( px-Et)]

 

の場合、左辺の“波”から“粒子”の性質、すなわちエネルギー E と運動量 p を引き出すには、

 

     i ℏ∂ψ/∂t = E ψ     ・・・(2)

    -i ℏ∂ψ/∂x = p ψ

 

と、虚数単位 i を含んだ微分演算を行えばよい。一般にエネルギーは、ポテンシァル(位置)エネルギーを V(x) として

 

    E = p2 /(2m) + V(x)

 

となる。ここで、運動量 p を波 ψ から取り出すには、座標微分-i ℏ∂/∂x を波 ψ に施せばよかった。したがって、上の E を波 ψ から取り出すには、波 ψ に作用して粒子の量を取り出すべきと考えると、E を H と書くことにして

 

    E → H = - (ℏ2/(2m)) ∂2/∂x2 + V(x)   ・・・(3)

 

として、(2)は

 

        i ℏ∂ψ/∂t = H ψ

     ここで、Hは(3)式

 

となり、(1)式が得られる。こうして、(1)の左辺の時間発展のところに、虚数単位iが現れる。粒子に伴う波が複素数の波とならざるを得なかった。

 

 こんな説明で、質問の回答になっているかなぁ。