141.ビリアル定理、2題
力学を学ぶと、「ビリアル定理」なるものが出てくる。
学部生時代に勉強していたときには、一体何の役に立つのか、良く判らないままだった。
大学院に進学して、理論宇宙物理学者の佐藤文隆先生の「天体核物理学」かなにかの講義を取っていた時に、確か星の重力崩壊のところで、ビリアル定理を使った説明があり、感銘を受けた。
就職してすぐ、quadruple island の素粒子論グループのセミナー、確か阿波の国で行われたと思うが、これまた理論宇宙物理学者の須藤靖先生の講義の中で、確か暗黒物質の発見の文脈だったと記憶しているが、またビリアル定理が出てきた。
自分の学部生時代のようにならないよう、ビリアル定理の応用を、自分が 20 代の頃に文隆先生、須藤先生から学んだ例を挙げて、解析力学の授業の中で、「ビリアル定理」を取り上げている。
統計力学では「ビリアル展開」なるものが出てくるので、ややこしいが、今回は力学での「ビリアル定理」。
ビリアル、virial というのはラテン語起源で、ラテン語の「virium」、つまり「力」がもとになっている。
考えているシステムのなかで、粒子の運動が無限遠方まで行かず、かつ位置エネルギー、V(r1, r2,・・・, rN) が座標の k 次の同次関数、すなわち
Σa=1 N ra・∂V / ∂ra = k V ・・・(1)
であるとき、「ビリアル定理」とよばれる定理が成り立つことをみておこう。
今、運動エネルギー K = Σa=1 N (1 / 2) ma va2 を速度 va で微分すると、
Σa=1 N va・∂K / ∂va = 2 K ・・・(2)
となることは、まぁ判る。∂K / ∂va = ma va だから。運動エネルギーは速度の 2 次の同時函数だ。左辺は運動量 pa の定義 pa = ma va から
Σa va ・∂K / ∂va = Σa va ・pa
= d /dt (Σra ・pa )-Σra ・( d pa / dt ) ・・・(3)
と変形できる。速度は位置の変化率だから、va = dra / dt。こうして、(2)と(3)から
2K = d /dt (Σra ・pa )-Σra ・( d pa / dt ) ・・・(4)
が得られる。ここで、長時間平均をとると、上の式の右辺第 1 項は粒子が無限遠方まで行かないのと、運動量が有限値であることから、実は零となる。実際、量 A の長時間平均を A と表わすことにすると、時間 τ を無限大にして長時間平均をとるので、長時間平均の定義から、値が無限大にならないある関数 F の時間に関する導関数 dF / dt の長時間平均は
dF/dt = limτ→∞ ( 1 / τ) ∫0∞ dF / dt = limτ→∞ ( F(τ)―F(0) ) / τ = 0 ・・(5)
となる。ここで、F(τ) は有限値しかとらないことを考慮した。こうして、時間の完全微分の長時間平均は零になり、(4)の右辺第 1 項が 0 になることが言えた。また、ニュートンの運動方程式
dpa / dt = -∂V / ∂ra ・・・(6)
より、(4)式で運動量の時間微分が位置エネルギー V の座標微分に負号を付けたものであることを用いて、さらに長時間平均をとると、V が ra に関してk次の同時関数、すなわち(1)として
2 K = Σra・∂V / ∂ra = k V ・・・(7)
が得られる。これを“ビリアル定理”と呼ぶ。
さて、ここからビリアル定理の応用例。まずは、佐藤文隆先生に習ったもの。
恒星の重力崩壊を考えてみよう。
恒星は、核融合をしなくなったら自身の重力で縮んでゆき、いわゆる``重力崩壊"を起こす。今、M は考えている星の内部の質量で、m は星を構成する物質の質量と考えれば、重力の位置エネルギーは
V(r) = -GMm / r ・・・(8)
であるので、k =-1 になる。こうして、ビリアル定理(7)から
2 K = -V = GMm ( 1 / r ) ・・・(9)
= Ω
である。また便宜の為、Ωを定義した。
崩壊前の星を構成する物質のエネルギー E は、便宜上、長時間平均をとったと考えて
E = K + V = Ω / 2-Ω = -Ω / 2 ・・・(10)
である。恒星が重力崩壊し、星の質量はそのままで半径 r が縮んでいったとする。初めは図(a)のように、位置エネルギーで Ω 下がって運動エネルギーで Ω / 2 だけあがるので、星のエネルギーは-Ω / 2である。ここで、星が収縮し、半径 r が小さくなると(9)から Ω が大きくなることがわかる。結果的に星のエネルギーは、図(b)のように、Ω が大きくなったために低くなる。そうすることで、図のように収縮後と収縮前のエネルギー差の分だけ重力エネルギーが解放される。
一方、星を構成する物質の運動エネルギー K も、Ω の増加に伴って増加していることは(9)からわかる。乱雑な運動をしている物質の運動エネルギーの平均は、気体分子運動論から知られているように温度と捉えられる。第10回を参照。こうして、運動エネルギーの平均は、絶対温度 T と
K = ( 1 / 2 ) m v2 = ( 3 / 2 ) kB T ・・・(11)
の関係がある。ここで、kB = 1.38×1023 [J/K] はボルツマン定数である。したがって、星が重力崩壊で収縮していくと、K も増加し、星の温度が上昇することがわかる。
星が重力崩壊する際には、星の重力エネルギーが解放され、星は外部にエネルギーを放出しながら、星自身の温度を上昇させることが言えた。
もちろん、恒星形成の際にも使える。星間ガスが互いの重力で集まってくる。ガスが収縮を始めると、星間ガスたちの重力エネルギーが、星の収縮の場合と同様に解放され、一部は外へ放出するが、一部は星間ガスを温めることになる。どんどん星間ガスが収縮して原始星になっていくが、重力で収縮していくので原始星はどんどん熱せられ、やがて核融合を始め、恒星になる。
簡単な「ビリアル定理」だけ使って、こんなことが言えるとは、すごいものだと、大学院生時代に感激していた。
今度は、須藤先生から教わった話。
どこかの銀河を観測する。望遠鏡で観測すると、輝いているところが判る。銀河の中心から外へ向かっていくと、何処かで銀河の恒星集団は終わり、大まかな銀河の大きさ、銀河の半径Rがわかる。
銀河内では密度が一様だと近似してしまおう。銀河の質量をとりあえず M としておくと、質量密度 ρ は
ρ= M / ( (4/3)πR3 ) = (3M) / ( 4πR3) ・・・(12)
と書ける。こうして、銀河の中心から半径 r までにある質量 M(r) は
M(r) = (4 / 3 )πr3 ρ= Mr3 / R3 ・・・(13)
と得られる。銀河内で半径 r の位置にある質量 m 星の重力エネルギーは、上式から
V = -GM(r)m / r = -GMm( r2 / R3 ) ・・・(14)
となり、中心からの距離 r の2乗に比例する。
重力崩壊のところで見たように、重力は k = -1 次の同時函数なので、(7)から
2 K = -V ・・・(15)
なので、運動エネルギー、位置エネルギーを代入して
2×( 1 / 2 )m v2 = GMm( r2 / R3 ) ・・・(16)
となる。よって、星の速度の平均 √( v2 ) は
√( v2 ) = √(GM / R3 ) ×√( r2 ) ・・・(17)
のように、大まかに銀河の中心からの星の位置 r に比例して、増大する。
一方、銀河の外にある星では、星が感じる重力は銀河の質量 M そのものなので、M は距離 r に依存せず、重力エネルギーは
V = - G( Mm ) / r ・・・(18)
なので、ビリアル定理(15)から
2×( 1 / 2 )m v2 = GMm( 1 / r ) ・・・(19)
となるので、先程と同様の計算で、星の平均の速さは
√( v2 ) = √(GM ) ×√( 1 / r ) ・・・(20)
のように、√1 / r で遅くなっていく。
さて、実際の観測だ。星の速さの``長時間平均"を観測で求めるには研究人生は短い。そこで、色々な“時間”経過を経験している星がたくさんあるのだから、一つの星の“長時間平均”を取る代わりに、多数の星の、ある時刻での“統計平均”を取り、長時間平均を統計平均で代用しても、そう悪くなかろう。
そこで、実際に、望遠鏡で見えている銀河の外にある星の速度の統計平均を観測で求めてみると、銀河の中心からの距離 r に対して、星の速度がビリアル定理の教えてくれる √(1/r) で遅くなっていかず、ほぼ一定だったそうだ。ということは、銀河の外にも、私たちからは見えない質量が分布しているということになる。これが、暗黒物質の“発見”だ。決定的な観測と解釈はヴェラ・ルービンによりなされた。
では、ついでだ。
ビリアル定理を用いて、星が生まれる前に見られる、物質(ガス)の密度が他より高くなった星間雲の質量を求める方法を考えてみよう。ガスは密度が一様かつ球状に分布しているとする。この球の半径を R とし、ガスの総質量を M とし、これを求めたい。
先程と同じく、密度が一様なので、ガスの密度を ρ とすると
ρ= M / ( (4/3)πR3) = ( 3M ) / ( 4πR3 ) ・・・(21)
だ。各点でのガスの運動エネルギーは、その位置でのガスの速度をvとして、( 1 / 2 )ρv2であるが、星間雲は全体として速度 vd で動いているとすると、重心運動の運動エネルギーを除き、各点でのガスの速度を積分して、全体の運動エネルギー K は
K = ∫d3r (1/2) ρ ( v - vd)2 = (1/2) ρ ∫d3r ( v - vd)2
=(1/2)ρV×( 1 / V ∫d3r ( v - vd)2 ・・・(22)
と表される。ただし、V = ( 4 / 3 )πR3 は星間雲の体積である。位置エネルギーと同じ文字になってしまったので、注意注意。ここで、
σ2 = ( 1 / V ) ∫d3r ( v - vd)2 ・・・(23)
は、各点でのガスの速度の 2 乗平均であり、速度の“分散”である。また、ρV=M である。ここで、“速度の分散” σ2 が、ガスの速度の2乗の“長時間平均”と等しいと仮定しよう。すなわち、今、τ を時間変数として、
σ2 = ( 1 / V ) ∫d3r ( v - vd)2
→ limτ→∞( 1 / τ) ∫0∞ dτ ( v - vd)2 = σ2 ・・・(24)
と、σ2 を長時間平均 σ2と同一視する。こうして、運動エネルギーの長時間平均 K を、求めたい全質量 M と、ガスの速度の 2 乗の長時間平均の代わりにガスの速度の 2 乗平均(速度分散)σ を用いて表すことができ、(22)から
K = ( 1 / 2 )Mσ2 ・・・(25)
と、ガスの速度分散 σ を用いて書ける。
次に重力の位置エネルギーを考えよう。星間雲の中心から距離 r のところにあるガスの位置エネルギー V(r) は先程の体積 V と混同しないようにして、万有引力定数を G、半径 r までの星間雲の質量を M(r) と書いて
V(r) = -G (ρM(r) ) / r ・・・(26)
である。ここで、
M(r) = ( 4 / 3 ) πr3 ρ= M r3 / R3 ・・・(27)
だった。全体の重力による位置エネルギー V は、ガスの中心から半径 R まで体積積分して
V = ∫d3r V(r) = ∫0R 4πr2 V(r) dr ・・・(28)
で得られる。積分を実行すると、V が
V = -( 3 / 5 )×GM2 / R ・・・(29)
となる。
(29)の V は長時間平均をとっても変わらないので、長時間平均をとった位置エネルギーと見做そう。これで3回目だが、重力場の下ではビリアル定理から
2 K = -V ・・・・(30)
だったので、今考えている星間雲の全質量 M を、星間雲の半径 R、ガスの速度分散 σ、万有引力定数 G を用いて
2×( 1 / 2 )Mσ2 = ( 3 / 5 ) GM2 / R
すなわち
M = ( 5Rσ2 ) / ( 3G ) ・・・(31)
と得られる。
この同じ方法で銀河の質量を推計するには、銀河の大きさ(半径)を R とし、銀河の中の星々の速度分散 σ を観測で求めることになろう。また、星は一様に分布していないので、位置エネルギーは解析的に得られないだろうが、次元解析から GM2 / R に比例するはずなので、(31)の中の係数 3 / 5 の代わりに 1 / κ と置き換えれば、銀河の質量が M = κRσ2 / G の形で得られるはずだ。ここで、一様分布のときは 5/3=1.666・・・だったから、κ は 2 程度の数係数である。銀河団なら、“星々”を“銀河団中の各銀河”、“星々の速度分散”を“銀河たちの速度分散”に置き換えてみよう。