第 177 回は、特殊相対性理論以前の時代、まだ光は「エーテル」の振動として伝わると考えられていた時代の「動く媒質中」での光速について、「フレネルの随伴係数」という、歴史に置き去りにされた話を備忘した。
それで思い出したのだが、授業をやっていた時に、マクスウェル(James Clerk Maxwell 、1831 年-1879 年)の電磁気理論を紹介する講義回があり、そこで、マクスウェルがどんな感じで正しい理論に到達したかの歴史的な話に触れていたことを思い出したのだ。真空中のマクスウェル方程式は今でも正しい理論式ではあるが、その導出に際しては不思議な過程を踏んでいる。過程というか仮定というか。マクスウェルの偉いところは、導出過程は抜きにして、導出課程の足場を外して正しい結論を提示しているところだ。学生さんは、ともすれば出来上がった理論だけ勉強して、導出の背景や、またフレネルの随伴係数の様に間違った前提から正しい結論―特殊相対論の V / c の一次までではあったが―を得ていた歴史など、触れる機会が全く無いので、現在正しいとされる理論であっても先人たちが時には間違い、おかしなことを前提にして考えたていたり、格闘してきた様子を伝えたいと思い、シラバスでムチムチの授業ではあるが、時々「歴史の断章」となった話題を講義に織り交ぜていた。前回の話で思い出したので、少し備忘しておこう。
マクスウェルの真空中の電磁気学の基本法則は、「Maxwell 方程式( 1864 年)」という形で、現在は纏められている。ここで、ベクトル E(x,y,z,t) は電場、B(x,y,z,t) は磁束密度、まぁここでは磁場と呼ぼう、スカラー量 ρ(x,y,z,t) は電荷密度、ベクトル j(x,y,z,t) は電流密度、ε0 と μ0 はそれぞれ真空の誘電率と真空の透磁率と呼ばれる定数である。
div E(x,y,z,t) = ρ(x,y,z,t) / ε0 ・・・(1)
div B(x,y,z,t) = 0 ・・・(2)
rot E(x,y,z,t) = -∂B(x,y,z,t) / ∂t ・・・(3)
rot B(x,y,z,t) = μ0 ( j(x,y,z,t) + ε0 ∂E(x,y,z,t) / ∂t ) ・・・(4)
この式で、時間tに電荷が空間 (x,y,z) に分布している様子である電荷密度 ρ と、空間・時間に電流がどう分布しているかを示す電流密度 j を与えると、電場 E と磁場 B が決まる。初め、マクスウェルは 20 本の方程式系を示していたそうだが、現代的な上記の4 本に纏めたのは 1884 年のヘビサイド(Oliver Heaviside, 1850 年-1925 年)だそうだ。上式では、div だの rot だのが出ているが、数学的なことは措いておいて、イメージだけ記しておこう。
空間にベクトルが分布しているとする。ベクトル場という。例として下図の 2 つを考える。x-y 平面にベクトルが分布している。左側、A は原点から放射状にベクトル場が湧き出してきている。右側、B は原点回りにベクトル場が渦巻いている。このとき、
div A ≠ 0 ( > 0) , rot A = 0
div B = 0 , rot B ≠ 0
となる。ということで、イメージだが div を計算して 0 でなければ、今の場合 div A > 0なので何かベクトル場が“湧き出している”、逆に div A < 0 であれば何かベクトル場が“吸い込まれている”と考えれば良い。確かに B の方はベクトル場がくるくる回っているだけで、どこかから“湧き出し”たり、“吸い込ん”だりはしていない。だから div B =0 だ。一方、rot B ≠ 0 はというと、ベクトル場 B が渦を巻いて“回転している”ことを示している。一方、確かに rot A = 0 であり、ベクトル場 A はどこにも回転が無い。湧き出しているだけだ。

ということで、div A ≠ 0 はベクトル場が湧き出しているか吸い込んでいるかがある、rot B ≠ 0 はベクトル場が渦を巻いているというイメージを持って貰えれば良い。もうひとつ、マクスウェル方程式を見ると「∂C(x,y,z,t) / ∂t」のような項があるが、これはベクトル C の時間変化を表している。
では、マクスウェル方程式を順にみていこう。まず(1)。これは右辺に「電荷密度」がある。時空間に電荷がρで分布していると、左辺は電場 E の div があるので、「電場」が湧き出していることを示している。どれくらい電場が発生するかの強さを真空の誘電率 ε0 が決めている。物質中だと「物質の誘電率 ε 」に置き換わり、物質ごとに電場が発生する強さが決まっている。正の電荷があればそこから電場が湧き出してくるし、負の電荷があればそこへ電場が吸い込まれていく。「電場」を「電気力線」と思えば、正の電荷から電気力線が出てきて、負の電荷のところで終わるイメージだ。
次に(2)。今度は磁場だが、右辺が 0 だ。これは、div B = 0 だから、磁場が湧き出しも吸い込みも無いということで、「磁場」の代わりに「磁力線」をイメージしておくとわかりやすい。ある場所で磁力線の様子を見ていると、その点で磁力線は吸い込まれて、また湧き出してくる。要するに磁力線には端点が無いということだ。電場の場合は端点にあるのは正負の電荷だが、磁場の場合に端点が無いということは、N 極だけとかS 極だけといった「磁気単極子」は無いということを意味している。確かに、磁石からN 極だけ取り出そうと思って半分に切っても、切り口に S 極が現れ、何度切っていっても必ず N 極と S 極がセットになっていて、N 極だけは取り出せない。
次は(3)。右辺の磁場の時間変化が、左辺の様に電場を生み出す。rot E ≠ 0 だから、電場はぐるりと渦を巻くように生み出されるというわけだ。電場が生まれたところに電荷 q を持った粒子があると、電荷は電場により力 qE を受けて、電場に沿って動き出す。電荷の動きが電流になるので、導線が置かれた場所で磁場を変化させると電流が流れるということになる。これがファラデーの「電磁誘導の法則」と呼ばれる現象だ。(4)で見るが、電流が流れると磁場が生じるので、電磁誘導により流れる電流はまた磁場を生み出すが、流れた電流が生み出す磁場がもとの磁場の変化を打ち消すように、電流の流れる向きが決まる。それを示したのが右辺の負号だ。これを「レンツの法則」と言ったりする。
最後は(4)。右辺第 1 項を見ると、電流密度 j によって、その電流を取り囲むように渦状に磁場 B が発生する。発生する強さを決めているのが透磁率 μ だ。これは「アンペールの法則」と呼ばれる。

右辺第 2 項は、電場の時間変化が電流密度同様に磁場を生み出すことを言っている。これは(3)の電磁誘導、磁場の時間変化が電場を生み出す、ということに対して双対関係にある。
この4本の基礎方程式から電磁波の存在が示され、その速度が光速 c になることまで言える。電荷 q を持つ荷電粒子が電場や磁場から受ける力、ローレンツ力 F
F = qE + qv ×B
を加えれば、ある意味、この 4 本のマクスウェル方程式で、真空中の電磁気学は終わったようなものだ。
現代の電磁気学の教科書を見れば、色々なやり方でマクスウェル方程式を導出しているが、マクスウェルは「マクスウェル方程式」の発見に際して、力学的なモデルを考えて導出し、その後、その足場を取り去って、美しい理論体系を残したようだ。マクスウェルに先行するファラデー(Michael Faraday、1791-1867 年)の「場の概念」をもとに、どのように電場や磁場(磁束密度)の満たす方程式を構築したらよいかの試行錯誤で、「エーテルの力学」を考えたようだ。前回も出てきた「エーテル」とは、波動としての光を伝える架空の媒質のことだった。アインシュタイン(Albert Einstein、1879 年-195 5年)の相対性理論により、その存在は否定されるが、それはまだ後のこと。
少しだけ、マクスウェルの発想を追ってみよう。今回は「磁束密度」をいい加減に「磁場」と呼んだが、正確には磁束密度 B と磁場 H の間には、B = μH の関係がある。したがって、(3)式はまた、右辺と左辺を入れ替えたりなんかして
μ0 ∂H(x,y,z,t) / ∂t = -rot E(x,y,z,t) ・・・(5)
と書けることにあらかじめ注意しておこう。
磁石の周りに砂鉄をまいた時に見られるように、磁場は磁力線として可視化できる。そこで、「磁力管」を考え、これは自分自身の周りに回転していると考えた。図の左側の様子だ。

磁力管が回転すると遠心力で磁力管自身は膨らみ、隣の磁力管を互いに押す。この圧力が現在で言う所の「マクスウェルの応力」である。磁力管は回転で膨らむので、体積の保存から長さが縮まなければならない。これが、N と S の間に走る磁力管(磁力線)が縮まることによる N 極と S 極間の引力と考えた。
ここに、磁力管の半径を r、回転の角速度ベクトルを Ω とすると、磁場 H は
H = r Ω ・・・(6)
と表されると考える。Ω は単位時間当たりの磁力管の回転角であり、方向は回転したときに右ねじの進む方向だ。(6)を(5)に代入すると(5)の左辺は角速度の時間微分が現れるので回転の運動方程式と見なされる。回転の運動方程式の右辺には「力のモ-メント」が現れ、力のモーメントとして rot E を与える。こうして、透磁率 μ0 は「エーテルの質量密度」と考えたようだ。
次にアンペールの法則を取り上げてみよう。(4)式で右辺第 2 項が無いバージョンだ。電場の時間変化がないものとしよう。図の右側は、想像上の隣り合う 2 つの磁力管を上から見たところである。左右の磁力管はそれぞれ自分自身の周りを回転しているが、磁力管が接触していれば滑らかに回転できないであろう。そこで、磁力管の間に「ボールベアリング」が入っていると考える。図ではボールベアリングが右向き(時計回り)に回転すれば、2 つの磁力管は滑らかに回転できる。しかし、2 つの磁力管の回転の角速度が異なればどうなるであろうか。右の磁力管の回転より、左の磁力管の回転が速ければ、ボールベアリングは図で上方向に移動するであろう。マクスウェルはこれを「電流」と考えた。磁力管の“回転”、rot H により電流 j が得られるのである。こうして、
rot H = j
が得られる。両辺 μ0 を掛けて、「磁場」を「磁束密度」に書き換えれば(4)式の電場の時間変化無しのバージョンが得られる。
さらに、時間変化で「エーテル」が「ひずむ」。このひずみを ε0 ∂E / ∂t と書き、誘電率 ε0 を「エーテルの弾性率」と見なしていたようだ。こうして、マクスウェル・アンペールの式(4)が得られる。
ここでは「エーテルの力学」として真空中のマクスウェル方程式、電磁場の基礎方程式を導いている。前提は歴史のかなたに消え去ったが、実験事実を基にした方程式系は正しいまま残っている。











