75.さくら

 2018年の桜、正確にはソメイヨシノではあるが、開花一番乗りは我らが High Intelligence 県であった。気象庁の係の人が、お城にある標準木を午前にチェックに行ったがまだ基準に達していなくて、午後にまた行ったがまだ駄目で、もう一度、午後 4 時半ころに行ったら基準通り 6 輪の花が咲いていて、めでたく開花宣言となったようだ。

 

 古来から日本人は桜で狂騒していたようだが、最近は競争まで始まっている。

 

 古今和歌集在原業平

  

    世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 

を引くまでもない。

 

 桜は何故に狂おしいのだろう。坂口安吾の『桜の森の満開の下』。ちょっと、いやかなりおどろおどろしい話ではある。幻想的という言葉では片づけられないと思うのだが。

 

    桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。・・・

 

    花の咲かない頃はよろしいのですが、花の季節になると、旅人はみんな森の

   花の下で気が変になりました。・・・

 

    桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分かりません。

 

 おどろおどろしいところは、すべてカット。

 

 梶井基次郎の『桜の樹の下には』に、「秘密」は暴かれているのではあるまいか。

 

    桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!

    これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くな

   んて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二

   三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が

   埋まっている。これは信じていいことだ。

 

 梶井基次郎と言えば『檸檬』と反射で出てくる。京都で下宿していたときは寺町通りを下っていき、果物屋を覗いてから丸善に行ったものだ。『桜の樹の下には』を初めて読んだのは高校生だったと思う。

 

 一人、下宿をして通った大学ではすでに物理学に嵌っていたが、というか、物理の勉強をするために(だけ?)大学に行ったわけではあるが、中学生の時には、かの有名な物理学者のアインシュタインの名前すら知らなかったわけで、フランケンシュタインの友人くらいの認識だったんだから、人生不思議なものだ。中学生、2年生の頃だった。1年生で同級だったギター部のW君に、ギターの「手ほどき」をまさに受けて、いっぱしのギター少年になったつもりになっていた。W 君の家で二人でギターを合わせていたが、とは言っても、私は一方的に上手くならず、中二の間にしてもらった手ほどきで、やっと F のコードを押さえれらるようになったくらいで、B は難しいなぁ、というレベルだった。

 最近、全く偶然に『さくらしめじ』という高校生(2018年現在)のフォークデュオの存在を知った。桜の季節なので、すっかり花の「さくら」と、きのこの「しめじ」を合わせた名前だと思っていたが、「サクラシメジ」という食用のキノコがあるそうだ。それはさておき、この二人のギターが実によく合っていて、しかもレベルが高い。彼らの中学 3 年生なりたての頃のビデオを見る機会があったが、いやぁ、参った、上手い。その上、上手くハモっている。二人の生演奏を聴いてみたいものだ。二人が弾き語る『ぎふと』なんか、中学生の息子がいる親にはたまらない(それは私だ)。中学校のクラス合唱とかで歌われたら親達は泣くだろうなぁ。とにもかくにも、40 年前にはギター少年のつもりだったが、とんでもなかったということが判明した。

 

     頭の中流れてる メロディに乗り飛び込むよ パラレル世界へと

 

 彼らの『スタートダッシュ』という曲に、こんな一節がある。パラレル・ワールド(世界)というのはSF(サイエンス・フィクション、Science fiction)ではよく出てくるのだろうが、最近亡くなったホーキングが唱えていた無からの宇宙創成が本当なら物理的にあり得る。量子力学のトンネル効果というものを考えるのだが、もし本当なら今でも無から宇宙ができているかもしれない。その宇宙が私たちの宇宙同様に膨張をしていけば、私達の宇宙と無関係なパラレル世界が実現する。

 別に、桜の季節に狂おしいことを書いているわけではなく、唯一の宇宙、universe ではなく、たくさんの宇宙ということで、multiverse と呼ばれている。日本の佐藤勝彦さん達がきちんと論文にしておられる。ただし、私たちと別の宇宙は、存在したとしても私たちの宇宙からは完全に分離されているので、行けない。

 ちなみに、佐藤勝彦先生を誘って数人で、high intelligence cityの飲み屋で、一緒に飲んだことがある。どうでもいいか。

 

 パラレル世界、というのではないが、空想世界の物理法則を与えて、大学生に万有引力の法則などを考えさせたことがある。ニュートンの運動法則では、物体の慣性質量をm、物体の加速度をa、物体に働く力をFとすると

 

    m a = F

 

という「運動法則」が成り立つ。ここで、「慣性質量」とわざわざ書いた量は、「物体の動き難さ」を表す量だ。これが大きいと、同じ大きさの力 F を加えても、得る加速度a は小さくなるので、物体の運動は変化しにくい。静止していたとすれば、「動かしにくい」というわけだ。

 一方、2つの物体に働く「万有引力」の法則は、物体の「重力質量」をそれぞれ

G、Mとし、2物体間の距離を r とすると、比例定数をGと書いて、お互いが受ける力の大きさ F は

 

    F = G mG MG / r2

 

と表される。ここで、わざわざ「重力質量」と書いたのは、この「質量」は「万有引力」という力を発生させるための量であることを強調しているためである。力を産みだす物理量である「重力質量」と、物体の動き難さを表す物理量である「慣性質量」は、本来全く無関係なはずだ。たとえば、電気の力だと、2 つの物体の電気量、「電荷」と呼ぶが、これをそれぞれ q、Q と書くと 2 物体に働く電気の力は

 

    F = k q Q / r2

 

となる。k は比例定数だ。このとき、電荷 q と慣性質量 m が同じものだと主張する学生には未だ会ったことは無い。

 

 ところが。

 

 重力(万有引力)に限って、「重力質量」と「慣性質量」の比が、あらゆる物体で同じなのである。そこで、比例係数を1にとって、「慣性質量」と「重力質量」は同じだと思い、単に「質量」と言っている。

 慣性質量と重力質量がすべての物体で等しいという事実が重大であるということに気づき、「等価原理」として自然法則の基礎原理に置いて重力の理論、一般相対性理論を作ったのが、アインシュタインである。フランケンシュタインではない。

 

 今は一般相対性理論の話ではなく、空想世界を考えるのであった。考えさせた問題は、こんな感じ。

 

 重力質量と慣性質量が正の量で一致している(普通の)物体と、重力質量は正の量なのだが、慣性質量が負の値を持つ(空想の)物体があり、ニュートンの「運動法則」と「万有引力の法則」がそのまま成り立っていると、世界はどうなるだろうか。

 

 入試問題では無いので、漠然とした設問で考えてもらった。

 

 普通の物体同士は万有引力で引き付けあい、運動法則から、やっぱり近づく。これは良い。慣性質量が負の物体同士は、万有引力で引っ張り合うように思うが、慣性質量が負なので、運動法則から、通常の物体とは反対方向に加速され、結果的にお互い離れていく。通常の物体と慣性質量が負の物体は、通常の物体は相手に引き付けられて追いかけるが、慣性質量が負の物体は受ける力と反対方向に加速されるので、通常の物体から逃げていく。

 結果的に、おそらく、通常物体は自分たちの万有引力で集まってきて、一方、慣性質量が負の仮想物体はお互い同士も、慣性質量が正の通常物体とも反発するので、通常物体が球状に集まったとすると、その外側へ球殻のように分布、あるいは拡散していくだろう。

 実は、大学の時に物理学志望の友人たちと遊び半分で、こんな問題やなんやらを色々設定して、どうなるんだろうねぇと、頭の中でパラレル世界に飛び込んで、しばしば考えていたりしていた。

 学生の「解答」のなかに、こんなものがあった。適当に改変して、主張を明確にして記しておこう。

 

 慣性質量が正の物体と負の物体を考え、両者の慣性質量の絶対値を等しいとしてみる。そうすると、慣性質量が正の物体はもう一方の物体へ加速度をもって動いていき、慣性質量が負の物体は、相手から同じ加速度を持って離れていく(これは先ほどの議論と同じで正しい)。ということは、この2物体間の距離 r が保たれたまま 2 物体が加速するので、物体の位置エネルギー

 

   U = - G mG MG / r

 

は r が一定で変わらないのに、運動エネルギー

 

   T = mv2 / 2 × 2

 

(最後の×2は 物体が2つということ)は、加速されて物体の速さ v が大きくなっていくので増えていくことになる。これはエネルギーの保存法則と矛盾するから、問題設定はあり得ない。

 

 あっぱれだ。

 

 ただし、負の慣性質量の運動エネルギーも、慣性質量の絶対値をとって正であるとすれば。

 

 負の慣性質量(m = - |m|= - m、(m > 0、かつ |m| は m の絶対値)の運動エネルギーが

 

    T= mv2 / 2 = - m v2 / 2

 

であれば、さっきの運動エネルギーは「2 物体」の最後の2が落ちて

 

   T = mv2 / 2 + mv2 / 2 = mv2 / 2 +( - m v2 / 2) = 0

 

で、常に 0 なので、エネルギー保存法則に矛盾せず、慣性質量が正の物体と負の物体は分離していくだろう。

 

 この問題の結果はパラレル世界にはならないが、たまには空想世界に遊んで見るのも頭の柔軟体操だ。

 

 こんなことを考えていたのは大学生時代、もう30年以上前だ。

 梶井基次郎を読んでいたのは高校生、40年近く前。

 いっぱしのギター少年だと思っていたのは、すでに40年以上前のことだ。あぁ、恥ずかしい。

 

 桜の話題が、とんだところに行きついてしまった。くるおしい。

 

 ちなみに、平安末に生きた西行 (1118-1190) は満73歳で亡くなっている。

 あぁ、もう20年後かぁ。

 

 西行は旧暦2月16日に亡くなっている。旧暦 15 日が望月、満月の日だ。如月(きさらぎ)、2 月の満月の頃だ。

 

   願はくは 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ

 

今年(2018年)の旧暦 2 月16日は、新暦の 4 月 1 日。月齢 14.9 の、満月。

 

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(お城のお堀代わりの江ノ口川河畔。手前右側(江ノ口川左岸、川は奥から手前へ流れている)に、寺田寅彦の生家がある。2018年3月24日撮影。既に満開の桜。)