144.ブラックホールと宇宙の終焉?

 ひと昔もふた昔も前。宇宙空間に、わらわらと沢山ブラックホールなんぞあるとは思わず、だからブラックホール同士の衝突なんて極めてまれで、考える意味があるのかと思っていた。

 

 ところが。

 

 2つのブラックホールが連星系になっている場合があり、こういった時にはお互いの重力で2つのブラックホールが“衝突”し、合体することがある。

 実際、2015年9月に太陽質量の36倍と29倍の2つのブラックホール同士が衝突・合体し、太陽質量の62倍のブラックホールが新たに形成された。その際に、差額の太陽質量の3倍の質量が重力波のエネルギーとなって重力波が生じ、それが直接観測された。この業績が2017年のノーベル物理学賞に繋がった。

 

 重力場が強くなると、そこからは光も出て来られなくなる。これが“ブラックホール”だ。“天体”としてのブラックホールの大きさは知らないが、そこより内側からは光さえも出て来なくなる面が存在する。事象の地平面と言われている。質量Mのブラックホールの事象の地平面、それより内部からは光さえも出て来なくなる半径は、ブラックホール電荷を持たず、回転もしていない時には

 

    R = 2GM / c2    ・・・(1)

 

となる。これを、シュバルツシルト半径と呼ぶ。ブラックホールを特長付ける量は、質量、電荷角運動量だけなので、電荷を持たず回転しない場合には、質量のみで特徴づけられる。重力場により形成されるので万有引力定数 G が関与し、一般相対論的な概念なので、光速 c が関与するはずだ。こうして、半径 R [m] を与えるために使える量は、質量 M [kg]、万有引力定数 G [m/ kg・s2]、光速 c [m / s] なので、これらを組み合わせて長さ[m]の次元を持った量を作るには GM / c2 しかない。次元を[・・] で表すと

 

    [ GM / c2 ] = [ ( m/ kg・s2 ) kg / ( m / s )2 ] = [ m ]

 

となっていることがわかる。係数2は一般相対論を使って計算しないといけないが、相対論を考慮しないニュートン重力からも、間違った考え方ではあるが、たまたま係数2が得られる。すなわち、質量 M、半径 R の天体表面から質量 m の物体が外向きに離れられるためには、物体のエネルギーが正でないといけないので

 

    E = ( 1 / 2 ) m v2 - GMm / R > 0    ・・・(2)

 

が必要だ。逆に、表面から逃れられないためには

 

    E = ( 1 / 2 ) m v2 - GMm / R ≦ 0    ・・・(3)

 

となる。こうして、

 

    R ≦ 2GM / v2              ・・・(4)

 

という条件を満たしていれば、速度 v を持った物体は、この天体の重力圏から逃れられないというわけだ。物体の速さの最高値は光速 c なので、この式で v = c とすれば、光さえも脱出できない星の半径と質量の関係が得られるというわけだ。等号にして

 

    R = 2GM / c2               ・・・(5)

 

これはシュバルツシルト半径と一致している。

 

 さて、第143回で、星間ガスからの恒星の形成をみた。エントロピー増大の法則に反することなく、ガスから秩序だった星が生まれることが可能だった。そうであれば、宇宙はいつまでも恒星を形成し、安泰なのだろうか。

 

 どうも違うようだ。いくつかの可能性が考えられるが、ここでは、現在、宇宙の膨張速度が加速しているという事実を基に、いつまでも宇宙は膨張していると考えておこう。ただし、膨張が速すぎて、すべての物質がばらばらに壊れることは無いとしておこう。

 恒星は生まれた後、いくつかのパターンで最期を迎える。太陽質量の 8 倍以下程度の星であれば、中心部の核融合が終わるとそれ以上核燃焼せず、電子のパウリ効果で重力を支える星になる。白色矮星だ。連星系を作っていない限り、白色矮星はその後、静かにたたずんでいるだろう。太陽質量の 8 倍以上の星であれば、核融合の最後、鉄まで生成した後はもう核融合できなくなり、超新星爆発を起こす。太陽質量の 8 倍から 30 倍程度までの質量の星であれば、超新星爆発の後に中性子星を残す。30 倍以上であればブラックホールを残すことになる。

 太陽質量より小さい場合、例えば太陽質量の 0.8 倍以下であれば、最初から赤色矮星となってゆっくり核融合が進行し、最後にはやはり白色矮星になるであろう。

 こう見てくると、星間ガスを使って恒星を作っていくが、やがて、白色矮星中性子星などが残されて、宇宙に蓄積されていくようだ。

 

 さて。

 

 白色矮星などがどんどん増えてきて、時間が経てば星間ガスが少なくなり、恒星は生まれなくなるだろう。こうして銀河中心を回り続けることになる。銀河中心には大質量のブラックホールがあるので、互いの重力相互作用により、死する星たちは微弱ながらも重力波を放出し、やがて銀河中心のブラックホールに落ちていく。こうなると、宇宙は巨大なブラックホールだらけになるだろう。

 

 (1)式から、ブラックホールの半径は、ブラックホールの質量に比例するので、ブラックホールの質量密度ρは、ブラックホールの質量Mを、ブラックホールの“体積” (4/3)πR3 で割って

 

     ρ= M / ( (4/3)πR3 ) 

      = M / ( (4/3)π( 2G / c2 )3 M3 )

      = ( 3 c6 / ( 32πG3 ))×( 1 / M2 )      ・・・(6)

 

と、密度はブラックホールの質量の2乗に反比例して小さくなることがわかる。光速 c や万有引力定数 G の数値を入れると

 

     ρ≒ 7.3 ×1079 [kg3 / m3 ] × ( 1 / M2 )      ・・・(7)

 

が得られる。M がどんどん大きくなると、ブラックホールの密度はなんと 0 に近づく。

 例えば、ブラックホールが撮影された、といってもブラックホールが作る影、ブラックホールシャドウが撮影されたのであるが、そのブラックホールは M87 という楕円銀河中心にあり、ブラックホール質量は太陽質量の 65 億倍だそうだ。太陽質量は 2×1030 kg なので、(7)式に入れると

 

     

     ρ≒ 7.3 ×1079 [kg3 / m3 ] ×( 1 / (6.5×109 ×( 2×1030 ))2 )      

      = 1.7 kg / m3

 

となる。水の密度はおよそ 1000 kg / m3。もし、ブラックホールが次々と周りの星を飲み込んで成長して行くと、益々密度は薄くても良いので周りの物質を飲み込んでいく。こうして、宇宙は巨大ブラックホールのみとなっていくかもしれない。

 

 さらに。

 

 ブラックホールは放射を出して蒸発していく。ホーキング輻射と呼ばれる現象だ。ブラックホールはホーキング温度と呼ばれる温度を持っており、それは

 

     TH =  ℏc3 / ( 8πGMkB )        ・・・(8)

 

となる。ここで、ℏ はプランク定数を 2π で割ったディラック定数と呼ばれるもの、kB は熱の話で出てくるボルツマン定数

 ブラックホールが温度を持っていれば、第 80 回で見たように、シュテファン・ボルツマンの法則にしたがい、熱放射を行う。第 80 回(10)式で、h を 2π で割った ℏ を使い、ボルツマン定数 k を kB と書き直すと、単位時間・単位面積当たり、温度 TH ブラックホールからは

 

     P = (π2 / (60 ℏc2 ) )×( kB TH )4      ・・・(9)

 

のエネルギーを放射しているはずだ。“単位時間当たり”なので、これはブラックホールのエネルギー U の減少 dU / dt を表しており、また、“単位面積当たり”だったので、ブラックホール“表面”から放射されるエネルギーは、ブラックホールの全表面から来るので、ブラックホールの表面積 S=4πR2 を掛て、微分方程式として

 

     dU / dt =  S (π2 / (60 ℏc2 ) )×( kB TH )4    ・・・(10)

 

が得られる。このエネルギーはブラックホールの質量の減少で賄われているはずなので、

  

     dU / dt = -d(Mc2 ) / dt           ・・・(11)

 

のはずなので、(11)に(10)を使って、ブラックホールの半径(5)と S=4πR2 、それとホーキング温度(8)を代入すると

 

     dM / dt =-( 1 / c2 )× (π3 4G2M2 / (15 ℏc6 ) )×( ℏc3 / ( 8πGM )4  

         = -1 / (15×210 ×π)×ℏ c4 / (G2 M2 )     ・・・(12)

 

という微分方程式が得られる。ここで、プランク時間 tplプランク質量 mpl

 

     tpl = √(ℏG / c5 ) = 5.39×1044  s

     mpl = √( ℏc / G ) = 2.18×108  kg

 

として定義しておくと、(12)は簡潔に

 

     dM / dt =-1 / (15×210 ×π)× ( mpl3 / tpl )×( 1 / M2 )    ・・・(13)

 

となり、容易に積分できて、時刻 t=0 でのブラックホールの質量を M(0) として、時刻 t でのブラックホールの質量 M(t) は

 

     M(t)3 = M(0)3 -mpl3 / (15 × 210 ×π) × ( t / tpl )     ・・・(14)

 

と得られる。こうして、

 

     t = 15 × 210 ×π × ( M(0)3 / mpl3 )× tpl 

 

の時間が経てば、ブラックホールは質量を 0、すなわち蒸発して熱として放出されて消えてしまうことになる。

 

 こうなると、宇宙に残されていた大質量ブラックホールも消滅し、宇宙は輻射熱のみの終焉を迎えるだろう。

 

 でも、すべての恒星が燃え尽きて、重力波を放出して銀河中心のブラックホールに飲み込まれ、さらに大質量ブラックホールが蒸発するまでには気の遠くなる時間が必要だ。現在の宇宙年齢は 138 億年、およそ 1010 年だが、殆どの恒星がブラックホールに飲み込まれるのは現在の宇宙年齢の 1020 倍の時間が必要だそうだ。さらに大質量ブラックホールが蒸発する時間は、たとえば太陽質量の 65 億倍の質量を持った M87 の銀河中心のブラックホールで、上の式に数値を入れてみると、さらに現在の宇宙年齢の 1070 倍待たなければならないことがわかる。

 心配無さそうだ。

 

 それより、太陽はあと 50 億年程度で中心の水素原子核核融合が弱くなり、赤色巨星になって、おそらく金星を飲み込むほど大きくなっているだろう。地球もどうなっているかわからない。

 そんなことより、私たちの天の川銀河は、そばにあるアンドロメダ銀河と 40億年後くらいに衝突・合体する。といっても、恒星同士が衝突するほどには星は密にないだろうから、40 億年後近くに来ると、全天にアンドロメダ銀河が見られるだろう。

 是非長生きして、見てみたいものだ。赤色巨星になった太陽に飲み込まれていなければ。