143.星の形成~ビリアル定理、再び

 第141回で、「ビリアル定理」を使った2題噺を記した。

 その一つ目は、星の重力崩壊。

 

 この重力崩壊の議論を、今度は星間ガスが重力で集まってきて恒星を形成する過程へと読み替えて考えてみよう。

 

 粒子は無限遠方まで行かず、かつ位置エネルギー V(r1, r2,・・・, rN) が座標の k 次の同次関数、すなわち

 

     Σa=1 N  ra・∂V/∂ra = k V    ・・・(1)

 

であるとき、「ビリアル定理」とよばれる定理が成り立つことをみた。運動エネルギー K = Σa=1 N  (1 / 2) ma va2 の長時間平均 K と、位置エネルギー V の長時間平均 V の間には

 

     2 K = k V          ・・・(2)

 

の関係があった。

 

 力が万有引力、すなわち重力の場合には、位置エネルギー

 

     V(r) = -GMm / r       ・・・(3)

 

であるので、k = -1になる。こうして、ビリアル定理(2)から

 

     2 K = -V = GMm ( 1 / r )     ・・・(4)

       = Ω

 

となるのであった。ここで、便宜の為、再び Ω を定義している。

 

 星が形成されるためには、宇宙空間に水素原子核などの星間ガスが必要だ。何らかの原因で星間ガスの密度が揺らぎ、密度の高い場所ができたら、そこでは周りより物質が多いので、他のガスを周りより強い重力で、より引き付ける。そうすると、ますます密度の高い、物質が集まった状況が生まれる。こうして、星間ガスが集まってきて原始星となっていく。星形成前の星間物質のエネルギー E は、便宜上、長時間平均をとったと考えて

 

     E= K + V = Ω / 2-Ω = -Ω / 2    ・・・(5)

 

である。やがて、互いの万有引力のために星間ガスが球状に集まってきて、半径 r の球状になったとしよう。はじめ、星間ガスは茫漠としていたが、やがて集まってきて、今、半径 r の球状に分布している。さらに重力で収縮していき、この半径 r が縮んでいったとする。初めは図(a)のように、位置エネルギーΩ 下がって運動エネルギーで  Ω / 2 だけあがるので、星間ガスのエネルギーは-Ω / 2である。ここで、球状に集まってきた星間ガスが収縮し、半径rが小さくなると(4)から Ω が大きくなることがわかる。そうすると集まってきた星間ガスのエネルギーは、図(b)のように、Ω が大きくなったために低くなる。そうすることで、図のように収縮後と収縮前のエネルギー差の分だけ重力エネルギーが解放される。第141回と同じだ。

 

 

 星間ガスを構成する物質の運動エネルギー K も、Ω の増加に伴って増加していることは(4)からわかる。星の重力崩壊を議論した 141 回を読み替えただけだ。第 10 回で述べて、141 回で用いたのと同じく、乱雑な運動をしている物質の運動エネルギーの平均は気体分子運動論から知られているように温度と捉えられるので、運動エネルギーの平均は、絶対温度 T と

 

     K = ( 1 / 2 ) m v2  = ( 3 / 2 ) kB T    ・・・(6)

 

の関係があった。ここで、kB = 1.38×1023  [J/K] はボルツマン定数である。したがって、星間ガスが重力で集まってきて収縮していくと、K も増加し、星間ガス雲の温度も上昇することがわかる。どんどん星間ガスが収縮して原始星になっていくが、重力で収縮していくので原始星はどんどん熱せられる。

 こうして、星の重力崩壊の時と同様に、星間ガスが重力で収縮していき原始星が誕生する際には、星間ガスの重力エネルギーが解放され、ガスは外部にエネルギーを放出しながら、ガス自身の温度をも上昇させることがわかる。

 原始星は温度を上げていき、やがて星の内部で熱核融合を始める。こうなると、核融合で得られるエネルギー・圧力によって、重力と核融合からの圧力が釣り合い、重力による星の収縮が止まる。恒星の誕生だ。

 

 しかし不思議だ。一様に、乱雑に漂っていた星間ガスが、密度の揺らぎがあったとはいえ一つ所に集まってきて星を形成する。乱雑なガスから秩序だった恒星へ。

 

 第 27 回でエントロピーの話を記した。エントロピー変化 ΔS は、熱力学では

 

      ΔS = Q / T      ・・・(7)

 

であった。ここで、Q は移動した熱量(熱エネルギー)、T はそこでの絶対温度。ただし、ここではエントロピー変化を考えていて、エントロピー自身の絶対値を考える際には絶対零度エントロピーは0であるという制限を課す必要がある。

 一方、ミクロな構成物から熱力学を理解する統計力学では、エントロピー

 

     S = kB ln W       ・・・(8)

 

と書けた。W はミクロな状態が取り得る状態の個数、kB は(6)でも出てきたボルツマン定数。非常に秩序だっていて、取り得る状態が一つしかなければ、W = 1 なので、エントロピーは 0 になる。絶対零度の状況だ。

 第 27 回では一見だいぶん異なる(7)と(8)が同じことを表すのを見た。

 

 では、星間ガス中の一つの粒子が取り得る状態の個数を考えてみよう。まず、「どの場所」に居るかで状態は異なるので、半径 r の球状にガスが分布していれば、半径 r の球内のどこかにいるはずで、取り得る状態数は半径 r の体積に比例しているはずだ。つまり (4/3)πr3 に比例している。一方、粒子が異なる速度を持っていれば、速度に対応して異なる状態なので、状態数は取り得る速度の個数に比例しているはずだ。平均の速さを上の棒なしで v と書いておくと、平均 v を中心に対称に速度が分布していれば 0 から2v までのどれかの速度になろう。まぁ、係数2なんか無視して、おおざっぱに言って速度の大きさが 0 から v までのどこかの速度になっているはずで、それを x、y、z 方向にわけているので、取り得る状態の個数は半径 v の「速度空間の体積」に比例しているはずだ。こうして、粒子の取り得る速度の状態数は、(4 / 3) πv3 に比例している。こうして、一つの粒子が取り得る状態数は、位置と速度を合わせて

 

      W ∝ r3 v3      ・・・(9)

 

になる。ここで、∝ は「比例する」という記号で、(4/3)π とかは数係数なので無視した。

 ビリアル定理を使おう。r も v も長時間平均とする。運動エネルギーは

 

     K = (1 / 2) m v2      ・・・(10)

 

だが、ビリアル定理(4)から

 

     v2 = GM / r        ・・・(11)

 

となるので、

 

     v = √(GM/r) ∝ 1 / √r     ・・・(12)

 

になる。こうして、状態数(9)は

 

     W ∝ r3 / (√r )3 = ( √r )3

 

となるので、エントロピー S は、1 粒子当たり S ∝ kB ln  ( √r )3 のような r への依存関係が得られる。N 粒子あれば

 

     S ∝ N kB ln ( √r )3  = ( 3 / 2 ) N kB ln r    ・・・(13)

 

となるので、r の対数に比例している。

 ということは、星間ガスが収縮して星を形成していけば r が小さくなっていくので、エントロピー S も小さくなっていくということだ。

 

 やはり、星形成は、無秩序な星間ガスから秩序だった星へ、エントロピーが減少していく過程であった。

 

 自然はエントロピーが増大していく方向に進むという、エントロピー増大の法則に反しているのか?

 そんなことはなく、秩序を持った星を自然に作り出すのが自然界のすごいところだ。星形成では重力場のエネルギーが解放されて、星自身を温めるだけでなく、エネルギーを外へ放出していた。図にあったとおりだ。このエネルギーの放出分 Q により、温度 T の外界、つまり宇宙空間にエントロピーを放出しているわけだ。宇宙空間に熱を放出することによるエントロピーの増大 ΔS は ΔS = Q / T だ。このエントロピー増大が、星形成のエントロピー減少を上回り、結果的にエントロピー増大の法則に従っている過程となっている。

 

 さて、もし、重力、すなわち万有引力の法則が、2物体間の距離の2乗に反比例する力ではなく、例えば距離の3乗に反比例していたらどうなっていたかを想像してみるのも、頭の体操には良かろう。距離の3乗に反比例する力Fの時には、その位置エネルギーV’ は 2 物体間の距離の2乗に反比例することになる。力の大きさを F’ とすれば、つまり

 

     V’(r) = -GMm / ( 2 r2 )    

     F’ = |-dV(r) / dr | = GMm / r3    ・・・(14)

 

このとき、(1)、(2)式では k = -2 になるので、ビリアル定理(4)は

 

      K = -V’ = GMm ( 1 /(2 r2 ))     ・・・(15)

      = Ω

 

となる。エネルギーは

 

     E= K + V’ = Ω’ -Ω’ = 0    ・・・(16)

 

となり、ガスの半径 r に依らず一定値をとってしまう。こうなれば、重力で星間ガスが収縮しても全体のエネルギーは変わらず、外部にエネルギーを熱として放出できない。先の図で、K = Ω’ として、図の ΩΩ’ に読みかえてみればわかる。また、(15)から星間ガスの原子の速さ v は、K=(1/2)mv2 から

 

     v = (√(GM)) / r

 

と r に反比例するので、もし、星間ガスが収縮して原始星ができたとして、そのエントロピー W’ は(9)から、

 

     W’ ∝ r3 v3 = r3 ( 1 / r )3 = ( r に依らず一定)

 

となって、エントロピーは変化しない。また、外部に熱エネルギーを放出しないので、エントロピー変 化ΔS = Q / T から外部へ放出するエネルギー Q が Q = 0 なので、エントロピーは増大しない。したがって、全体としてエントロピーは増大しないので、自然な過程としては起きない。つまり、もし万有引力が2物体間の距離の2乗に反比例せず、距離の3乗以上に反比例して急速に減衰する力であれば、恒星は自然には形成されないということになる。

 

 距離の2乗に反比例した引力である重力は、なかなかに不思議だ。エントロピー増大の法則、すなわち熱力学第 2 法則に従いながら、恒星という、局所的に見たら極めて秩序だった実体を自発的に作っていく。