大阪の下町育ちなので、子供の頃の遊びは、「だるまさんがころんだ」というような上品な10文字を数えて遊ぶのではなく、遊びの内容は全く同じではあるが、「坊さん(ぼんさん)が屁(へ)をこいた」であった。続けて10文字10音節、「匂うたら(におうたら)臭かった(くさかった)」。
今はどうか知らない。
昭和40年代の戦後の高度経済成長期、光化学スモッグで小学校の朝礼台に赤旗が立つと校庭で遊べない毎日が続く、学生運動が終焉しつつあった頃のことだ。浅間山荘に打ち込まれる鉄球の映像を覚えている。
小学生時代は遊びまくっていた。路地で「缶けり」も良くやった。当時は必ずどこかに空き缶が転がっていたので、それを拾って来て遊ぶ。鬼が一人で、それ以外の誰かが缶を蹴っ飛ばして、鬼が拾って来て所定の位置に空き缶を設置するまでの間に鬼以外は隠れる。鬼は隠れた子を探し出しては、空き缶に戻り、
「誰それ君、見~っけた、ペコポン」
と言って、空き缶の上部を踏む。そうすると捕まえられたことになる。誰かが、鬼の居ぬまに空き缶を蹴っ飛ばすと、つかまっていた捕虜は解放されて、また隠れる。
独特のイントネーションで言う、あの「ペコポン」は何かのおまじないなのだろうか、ただの、空き缶を踏んだ時の擬音だったのだろうか。それを言い終わらないうちに誰かが空き缶を蹴とばすと、捕虜は解放された。
大学に入ると、友人達は各地域から集まってきていたので、子供の頃の遊びがそれぞれの地方で異なり、また同じ遊びも呼び方が全然違ったりして、遊びの話で盛り上がったりしていた。一地方にしか暮らしていないやつらが多かったので、みんなで感心していた。「ペコポン」はやはり大阪特有のようであった。
大学時代。今は昔のことだ。
そう、まだ日本には大学で物理学の研究をする時間があった頃、四半世紀以上前のこと。私が大学院生の時代。多分、博士課程1年のとき。
(1+1) 次元ソリトンの半古典論を考えていた。(1+1) の 1 は空間が1次元ということで、残りの1は時間の1次元。‘‘ソリトン”とか‘‘半古典論”とかは、ここでの話にはどうでも良い。まぁ、おまじない、「ペコポン」みたいに思っておいて頂いて結構です。
ソリトンの周りのボソン励起の波動関数の完全系を作り、熱核展開という方法でエネルギーへの寄与を見てみた。“展開”をしている際に、つじつまが合うためには、ある級数の和が、まぁまぁ簡単になるべきであることがわかった。ということで、本来、数学の領域である「無限級数の公式」を、物理学を使って一つ‘‘発見”した気になった。こんな式だ。
Σ∞n=1(2n-2)!! x2n+1 / (2n+1)!! = x - (1-x2)1/2 arcsin x
ここで、N!! というのは、2度ビックリしたのではなく、N×(N-2)×・・・×2または1と、2つおきに掛けていく記号。Σ∞n=1 はnについて1から順に、n=1,2,3、4・・・と無限(∞)に足しなさいという記号。arcsin x は、三角関数の正弦関数、 sin x の逆関数。
ここまで何を言ってるんだか。
まぁ、無限級数の「数学公式」を、「物理学」を使って発見できたと思って喜んでいた大学院生がいたと想像してください。
早速、公式集を紐解いてみた。「数学公式」と言えば、古来から「岩波 数学公式集」全3巻だ。手持ちは1990年発行第5刷。公式集の第 II 巻、「級数 フーリエ解析」で調べた。きっと正しい式を導けたんだろうと思って確認する。探して探して、 148ページにそれらしい式を見つけた。こんなのだ(2 分の 1 乗は、ルート(√)で書かれている)。
(1-x2)1/2 arcsin x = x - Σ∞n=1(2n-2)!! x2n+1 / ((2n+1)!! n)
ん?! 右辺と左辺が多少ひっくり返っているのは良いとして、右辺の級数の和の中の分母に n が入っていて、私の式と違うぞ? 血の気が引くというのはこういうことだ。物理学をやっていて、必要な数学の式を導いて、得られた物理的な結果がうまくいったつもりになっていたが、計算の途中で、どっかで間違えたか・・・。はたまた、根本的に考え方に問題があったのか・・・。計算間違いなら修正できるのだが・・・。むにゃむにゃ・・・。
いったん、へこんでから、しばらくして、またもう一度、公式集をひっくり返す。今度は同じ公式集の59ページに、似た級数の式を見つけた。
Σ∞n=1(2n-2)!! x2n+1 / (2n+1)!! = x - (1-x2)1/2 arcsin x
おや? 私が導いた式そのものではないか! ということは、148ページの式と 59ページの式のどちらかにミスタイプがある、ということだ。とにもかくにも、タイプミスを見つけてしまった。もちろん私は59ページに軍配を上げた。
いやぁ、こんなかっちりした、しかも定評のある数学公式集にすらタイプミスもあるもんだなぁ、と、変に感心したことを覚えている。もう、新しい版では直っているんだろうなぁ。いつか確認してみようと思いながら、未だ確認せずの状態が続いている。
無限級数と言えば、大学生で誰しも驚く(に違いない)
1+2+3+4+・・・ = -1/ 12
というのがある。左辺は発散していくのに、しかも正の数しか足さないのに、マイナス12分の1になる。インドの天才、ラジャラマンが、この式を使って何か数式を得て、イギリスのある数学者に手紙を送ったら、「君は発散級数というものをわかっていない」とたちどころに却下されたそうだ。現在は、リーマンのゼータ関数を解析接続するということで、上の式の正しさは保証されているが、ここでは、おまじないにならないように、厳密ではないけれども初等的に見ておこう。
1.まずは、
S = 1 - x + x2 - x3 + x4 - ・・・
という式を考える。この両辺に x を掛けると
x S = x - x2 + x3 - x4 + ・・・
となるので、辺々足し算すると
( 1 + x )S = 1
なので、上の級数 S は
S = 1 / (1 + x )
と求まる。
2.次に、
T = 1 - 2x + 3x2 - 4x3 + 5x4 - ・・・
という式を考える。この両辺に x を掛けると
x T = x - 2x2 + 3x3 - 4x4 - ・・・
となるので、辺々足し算すると
( 1 + x )T = 1 - x + x2 - x3 + x4 - ・・・
= S
となるので、上の級数 T は、S の結果を使って
T = S / (1 + x ) = 1 / ( 1 + x )2
と求まる.
3.こうして、
T = 1 / ( 1 + x )2 = 1 - 2x + 3x2 - 4x3 + 5x4 - ・・・
となることがわかったので、両辺に、x = 1 を代入して見る(数学科の諸君、ここは少し目をつぶっておくれ)。そうすると
1 / ( 1 + 1 ) 2 = 1 / 4
= 1 - 2 + 3 - 4 + 5 - ・・・ (*)
となる。プラスとマイナスが交代で現れる右辺の級数の値は4分の1だ。
4.今度は、欲しい式
R = 1 + 2 + 3 + 4 + 5 + 6 + ・・・
を考える。両辺4倍すると
4R = 4 + 8 + 12 + ・・・
となるので、辺々引き算する。そうすると
R - 4R = 1 - 2 + 3 - 4 + 5 - 6 + ・・・
となるではないか。左辺は-3R で、右辺はさっき3.でやった、T に x=1を代入した(*)式なので、4分の1だ。こうして、
-3R = 1 / 4
よって、
R = 1 + 2 + 3 + 4 + 5 + 6 + ・・・
= - 1 / 12
が得られる。(おしまい)
こういう級数は、物理学の弦理論にも現れる。ボソン弦と呼ばれるものが矛盾なく定式化されるためには時空間の次元が26次元である、ということを主張する際に用いられているようだ。