135.同位体

 大学院進学のときには、素粒子論研究室に進むか、原子核理論研究室に進むか迷ったが、当時の素粒子論は超弦理論が盛んで、なんだか数学のように見えたので、陽子や中性子クォークといった実態が出てくる原子核理論に進むことにした。

 原子の真ん中には、正電気を帯びていて、原子の質量の殆どを担う原子核が存在する。原子核は、正電気を持つ陽子と、電気を持たない中性子からなる。例えば、一般の炭素は、陽子が 6 個、中性子が 6 個、あわせて 12 個の核子からなる。核子とは、陽子と中性子の総称。126C と書き、“炭素 12”などと呼ぶ。C は炭素のことで、左下の 6 は陽子の個数、左上の 12 は陽子と中性子の総数。普通の酸素は 168O。“酸素 16”。陽子が 8個、中性子が 8 個ある。

 陽子が 6 個ある原子核を炭素と言うが、炭素には、126C、136C、146C の 3 種存在する。中性子の個数が 6 個ある126C 、炭素 12 が自然界にはほぼ 99 %、中性子が 7 個ある136C、炭素 13 が約 1 %あり、これらは安定な原子核だ。そのほかに、中性子が 8 個ある146C、炭素 14 が全体の 1 兆分の 1 程度存在し、これは不安定で、146C が沢山あったとすると、およそ 5730 年で、沢山あった半分は別の原子核に変わってしまう。つまり

 

     146C  → 147N + e + ν’    ・・・(1)

 

となって、中性子一つが陽子に変わって、窒素 14になる。ここで、e は電子、ν’ と書いたのは電子反ニュートリノである。

 最初に不安定な原子核の個数が N個あったとすると、時間と共に崩壊して、別の原子核になる。別の原子核になる個数は、もと有った原子核の個数 N 自身に比例するはずだから、

 

    dN / dt = -λN     ・・・(2)

 

という微分方程式がたてられる。時間 t と共に変化する原子核数が dN / dt であり、これがもと有った原子核の個数 N に比例している。比例定数は λ と書いた。また、減少していくので、右辺にマイナスがついている。

 (2)式の微分方程式は解けて

 

    N (t) = N0 e-λt     ・・・(3)

 

となる。ここで、N0 としたのは、最初の時刻 t = 0 での原子核の個数だ。e はネイピア数原子核の個数が 1 / e になる時間を“寿命”と言い、τ と書く。そうすると

 

    τ= 1 / λ

 

である。また、最初有った原子核が半分になる時間を“半減期”と呼び、t1/2 とでも書いておこう。そうすると、(3)から

 

    N ( t 1/2 )  = N0 e-λt1/2

         = N0 / 2

 

ということなので、t1/2  について解く(両辺、底が e の自然対数をとる)と

 

    t1/2 = ln 2 / λ

       = τ ln 2

 

と、寿命 τ と関係が付く。

 

 さて、炭素 14、すなわち 146C の半減期はおよそ 5730 年だった。5730 年経つと、もと有った炭素 14 のうち半分は、(1)式で窒素 14、147N になってしまう。

 

 植物は光合成をする際に、二酸化炭素を取り込む。二酸化炭素は炭素一つと酸素 2 つからできているので、炭素原子の中の原子核は、殆どが炭素 12 であるが、一定の割合で炭素 14 も存在していることになる。こうして、植物内部での炭素 12 と炭素 14 の割合は、地球上のそれと同じになっているはずだ。ところが、植物が死ぬと、その植物は地球上の二酸化炭素を新しく取り込むことはないので、当初、炭素 12 と炭素 14 の比率は地球上のものと同じであっても、化石となった植物体内の炭素 14 は、光合成のために新しく補給されないから、一方的に窒素 14 へと崩壊し、減少してしまう。こうして、植物が死んでからの時間経過により、化石植物体内の炭素 12 と炭素 14 の割合が変化、すなわち炭素 14 の割合が、地球上の割合より減っていく。どれくらい減っているかで、植物が死んでからどれだけの時間が経過しているかがわかる。地球上の比率の半分しか、植物化石に炭素 14 が含まれていなかったら、植物が死んでから 5730 年経っているとわかる。半減期の時間がたつと、炭素 14 は半減しているので。炭素 14 が地球上の比率の 3/4 に減っていれば、5740 / 2 = 2870 年経っているし、1/4 にまで減っていれば、5740×2 = 11480 年経過しているとわかる。

 動物化石も同じだ。植物は食物連鎖の下位に居るので、草食動物に取り込まれ、肉食動物に取り込まれ、それらが死に、化石化すると、炭素 14 の一方的な崩壊で、地球上での炭素 14 の比率より年月の経過とともに減少していくわけだ。

 これが、放射性同位体を用いた年代測定法となる。

 

 次に酸素に目を転じてみよう。ありふれた酸素原子核は、陽子が 8 個、中性子が 8 個あり、168O、酸素 16 だ。ところが、自然界には 0.2 % ほど、中性子を 10 個持つ酸素18、188O が存在する。酸素 18 も安定に存在していて、炭素 14 のときのように、別の原子核に放射性崩壊するわけでは無い。だから、年代測定には使えない。

 ところが、水分子に注目すると、水は酸素一つと水素 2 つからできているので、H2Oと書かれるが、酸素を含んでいる。酸素 18 は中性子 2 個分酸素 16 より重いので、酸素18 で作られた水分子は、酸素 16 で作られた水分子より、少しだけ蒸発しにくい。海から蒸発した水は、寒冷な気候のときには陸地に雪となって降り積もり、雪は氷床として堆積する。寒冷な時にはどんどん氷床が発達するので酸素が固定されるが、海から蒸発する水分子中の酸素原子核は、少し軽い酸素 16 が酸素 18 より主流になるので、雪になる水は酸素 16 の方が酸素 18 より多く、結果的に氷床中に固定される水分子には酸素 16 が多く、海水中の酸素 18 の割合は、酸素 16 でできた水分子の方が蒸発しやすいため、相対的に増えてくる。海水中で生活する生物は呼吸で酸素を取り込むので、海底に堆積した生物の化石中の酸素 16 と酸素 18 の比率を測定すると、化石化した時代が寒冷であれば海水中の酸素 18 の濃度が高いので、化石中にその痕跡、すなわち酸素 18 の相対比率が高いとして残っている。酸素 18 の比率が通常であれば、蒸発した海水が氷床に固定されていないということなので、比較的温暖であったとわかる。

 

 ミクロの世界を解き明かす原子核物理学も、多少は役に立っているようだ。