147.電磁放射と水素原子

 力学の授業でラザフォード散乱の話をする。

 

 金の原子にアルファ線を照射させて、アルファ線の散乱を測定するという話。1911 年の話だ。アルファ線の正体は当時、知られていなかったが、2 価の正電荷を持った粒子であることは判っていた。

 実験は 1909 年頃、ラザフォードの指導の下で、彼のお弟子筋、研究員のガイガーと院生のマースデンが行っている。ガイガーが、院生のマースデンに簡単な実験を行わせることについてラザフォードに相談したらしい。

 実験当時、原子模型と言うのは“トムソンの原子模型”が有力であった。これは大きさ、半径にして 10-9 m から 10-10 m 程度の球体に一様に正電荷が分布し、その中に負電荷を持つ電子が「ぶどうパンの干しブドウ」のように埋め込まれているという原子模型だ。そうすると、大体電気的に中性なので、アルファ粒子は 2 価の正電荷を持っていたとしても相手の原子が殆ど電気的に中性だから、電気的な相互作用は小さく、アルファ粒子は殆ど曲げられず、ほぼまっすぐ進むだろうと予想されていた。

 こうした予想があったので、ラザフォードは簡単な実験として院生教育用に実験をさせたのだろう。

 

 ところが。

 

 案に相違して、殆ど跳ね返ってくるかのように大きく進路を曲げられるアルファ粒子が少数ながら観測された。

 ラザフォードは、「薄紙に大砲を打ち込んだら、大砲の弾が跳ね返ってきた」ようだといった旨の発言を残しているようだ。それだけ予想外で驚いたのだろう

 

 トムソンの原子模型ではこの実験事実が理解できないので、ラザフォードは理論的に考え、新たな原子模型に到達する。それが 1911 年のことだ。

 アルファ粒子を大きく反跳させるために、原子の中心部に正の電荷を持つ“原子核”があり、その周りに電子が存在するとしたラザフォードの原子模型に到達する。中心部の原子核の大きさは 10-14 mから 10-15 m程度であり、原子自身の大きさと比べて 5 桁ほど小さい。要するに、原子はスカスカだ。

 

 これは長岡半太郎の原子模型、“土星型原子模型”に似ている。長岡模型では、原子核に対応する正電荷を持つ部分が中心にあり、その周りを同一平面上に多数の電子が周回しており、土星の環が安定に存在できているのと同様に電子は安定に存在しうるという議論に基づく模型であった。しかし、土星の輪を構成する微粒子同士の万有引力と違って、電子同士には斥力が働くので、原子が安定に存在できるかは、土星の輪の安定性からの類推でOKというほどには自明ではない。こうして長岡模型は懐疑的に捉えられていたようだ。

 

 ところが、ラザフォードの実験により、原子の有核模型が登場して実験事実を説明するので、ラザフォードの原子模型を真剣に捉える必要が出てきた。しかし、今度は正電荷原子核の周りを電子が周回していると考えてしまうと、電子には中心へ向かう加速度が存在することになるので、荷電粒子が加速度運動すると電磁波を放射してエネルギーを失っていくという古典電磁気学の知識から、周回する電子はやがて中心の原子核に落ち込んでしまい、やはり原子は安定に存在できないということになってしまう。

 そこで、原子核の周りに存在するはずの電子から電磁放射はせず、原子が安定に存在し、かつ原子から放射される電磁波のスペクトルを説明するという難しい課題が生じた。

 

 こうして、ボーアの原子模型、前期量子論量子力学の成立へと時代は流れていく。

 

 それはさておき。

 

 原子核の周りを電子が周っていれば電磁波を放射して、電子はやがて原子核に落ち込むので原子は安定では無くなるということであったが、もし、電子が原子核に落ち込むまでの時間が宇宙年齢より十分に長ければ、問題は生じないのではなかろうか。

 というわけで、最も簡単な水素原子で、電子が原子核に落ち込むまでの時間を、古典力学・古典電磁気学で見積ってみよう。

 

 水素原子核、すなわち陽子の周りを電子が周っているとしよう。陽子の電荷は e、電子は-e。ここで、e は素電荷。陽子の質量は電子の 1860 倍程度なので、陽子は動かず、そこから距離 r のところを電子は円運動しているとしよう。このとき、電子のエネルギーは

 

     E = ( 1 / 2 ) m v2 -e2 / ( 4πε0 )・( 1 / r )      ・・・(1)

 

となる。陽子と電子の間に働く力は距離の 2 乗に反比例するクーロン力なので、

 

     F = -e2 / ( 4πε0 )・( 1 / r2 )     ・・・(2)

 

だ。この位置エネルギーが(1)式第 2 項になっている。第1項は運動エネルギー。ここで、m は電子の質量、v は電子の円運動の速さ、ε0 は真空の誘電率

 さて、円運動の加速度 a は第 5 回で導いている。第 5 回の(2)式だ。

 

     a = -v2 / r        ・・・(3)

 

また、ニュートン運動方程式は、(質量)×(加速度)= (力)なので、(2)式を使って

 

     m a = F

       = -e2 / ( 4πε0 )・( 1 / r2 )    ・・・(4)

 

となる。よって、(3)、(4)から

 

     a = -e2 / ( 4πm ε0 )・( 1 / r2 )    ・・・(5)

      = -v2 / r

 

なので、電子の速さもわかって

 

     v2 = e2 / ( 4πm ε0 )・( 1 / r )     ・・・(6)

 

と得られる。(6)を(1)に代入すると

 

     E = -e2 / ( 8πε0 )・( 1 / r )    ・・・(7)

 

となっている。

 

 電子が円運動をすると、陽子の方向を向いた加速度(3)式が生じている。電荷を持った粒子が加速度運動をすると、電磁波を放出する。単位時間あたりに放出する電磁波のエネルギーは、導出は省略するが

 

     P =  ( 2 / 3 )・e2 / ( 4πε0 )・( a2 / c3 )    ・・・(8)

 

となっている。ラーモアの式と言われている。この式に、(5)式を代入すると

 

     P = ( 2 / 3 )・( e2 / ( 4πε0 ))3 ・( 1 / (m2 c3 ))・( 1 / r4 )    ・・・(9)

 

となる。電子のエネルギー、(7)式の E が時間変化して(9)式のエネルギーを放出する。(7)式で変化できるのは陽子と電子の距離、すなわち原子の大きさ r なので、単位時間当たりの変化として

 

     P = -dE / dr

      = -e2 / ( 8πε0 r2 )・dr / dt      ・・・(10)

 

と結び付けられる。右辺のマイナスは、電子の持つエネルギーが減っていくことを表していて、それが電磁波の放射のエネルギー P になるということ。P に(9)式を使うと

 

    dr / dt = -( 4 / 3 )・( e2 / ( 4πε0 ))2 ・( 1 / (m2 c3 ))・( 1 / r2 )  ・・(11)

 

が得られるので、r は r で、t は t で纏めて積分することにしよう。時刻 0 で原子の半径を R、時刻 Tで 半径が r になったとすると、

 

     ∫R r r2 dr =  -( 4 / 3 )・( e2 / ( 4πε0 ))2 ・( 1 / (m2 c3 )) ∫0T dt  ・・(12)

 

なので、実際に積分すれば

 

     R3 - r3 = 4 ( e2 / ( 4πε0 ))2 ・( 1 / (m2 c3 ))・T    ・・・(13)

 

が得られる。

 

 こうして、例えば原子の大きさが零、r = 0 になるまでの時間を計算してみよう。ちょっとクッキング。プランク定数 h を 2π で割ったものを ℏ と書く。光速 c を入れよう。また、最初の原子の大きさ R はボーア半径 R = aB。私が覚えている数値は

     

      e2 / ( 4πε0 ℏc) = 1 / 137    (微細構造定数)

      mc2 = 0.51 MeV        (1 MeV = 106 eV = 1.6×1013 J)

     ℏc = 197 MeV・fm        (1 fm = 1015 m)

     c = 3.0×108  m / s = 3.0×1023  fm / s

     aB = 0.529×1010  m = 0.529×105  fm  (これは覚えていない)

 

(13)をクッキングしてから、上の値を代入 ( R = aB 、r = 0 ) して、

 

      T = ( 1 / 4 )・1 / ( e2 / ( 4πε0 ℏc))2 ・( mc2 )2 / (ℏc)2・R3 / c

      = ( 1 / 4 )・1 / ( 1 / 137 )2 ・( 0.51 MeV)2 / ( 197 MeV・fm)2

       ×( 0.529×105 fm )3 / ( 3.0×1023  fm / s)

      = 1.550 ×1011  s                  ・・・(14)

 

が得られる。

 

 要するに。

 

 水素原子核(陽子)の周りを電子が円運動しているとすると、古典力学・古典電磁気学の考えでは電磁波を放射して、1011 秒程度の短時間で電子は原子核に落ち込み、原子は壊れる、つまり安定に存在できないということになる。宇宙の年齢より長寿命という夢は壊れた。

 こうして、ラザフォードの原子模型を真摯に採ると、なぜ原子が安定に存在するのかということが新たに問題になってくる。

 黒体放射の問題、低温でのデュロン・プチの法則からの熱容量のずれ、原子から放射される光(電磁波)の離散スペクトルの問題、それから今の原子の安定性の問題などから、ミクロの世界で成り立つ量子力学の構築に結び付いていく。

 

 マックス・プランクアルバート・アインシュタインを始め、量子論の構築に多くの人が取り組んでいく。中でも、デンマーク生まれのニールス・ボーアが、1911 年にラザフォードのもとで、原子模型の研究をはじめ、1913 年に、電子から電磁波が放射されないとしたボーアの原子模型に到達する。ラザフォードは元素の変換ですでに 1908年にノーベル賞を受けている。なぜか化学賞だが。1922 年にニールス・ボーアが原子物理学への貢献でノーベル物理学賞を受ける。

 ちなみにニールス・ボーアの息子、オーゲ・ボーアは原子核物理学への貢献で 1975年にノーベル物理学賞を受けている。

 ちなみに、ニールス・ボーアのお孫さんであり、オーゲ・ボーアの甥っ子さんと共著の論文が私には 5 編ある。

 不思議な縁だ。