20.10台同士の掛け算

 High intelligent の大学。

 

 理学部物理の2回生の必修科目がある。現代物理学に触れた後、自分達でテーマを見つけ、調べて纏めて発表する。

 時々すごいのがある。発光ダイオードは電気を流すと光を発するのだから、逆に光を当てると発電するはずだ、と考えて、実験したグループがある。データを取って見せた。発電していた。

 

 この2回生の必修授業の最終回かその1回前の7月下旬、授業があった日の夕方から、2回生以上の物理コースの学生・院生・教員で、生協の食堂の一角を借り切って、懇親会をするのが、もうここ数年来の慣習になっている。2回生以上といっても、2回生の中には未成年、19歳がいるので、その学生さんたちにはアルコールは厳禁であるが、大方二十歳以上、博士課程の学生さんなんて良いおっチャンなので、とりどりに用意されたお酒も入ってなかなか楽しい夕べとなる。

 

 ある年の懇親会のこと。参加した学生さんには元素記号が書かれた参加票が渡される。それが、抽選会の景品との交換になる。くじを引いてHが出たら、Hを持った学生さんがその景品を貰う権利があるのだが、正しく元素名を言わないといけない。Hがでたら、その参加票を持って居る学生さんは「水素」と言わないと景品がもらえない。

 

 正確には知らないが、元素は100ほどあるらしい。HやらC(炭素)なら私にもわかるが、なかなか見慣れないものがある。Ceなんてのが出て、それを持っていた学生さん、M君が、

「先生、これ何?」

と逼迫して尋ねる。答えられないと、せっかくの景品がふいになる。こちとら、理論物理の専門家。学会では「理論核物理」分科で発表する。なんと言っても「原子核物理」である。原子核の名前は元素とおんなじなんだから、知らないわけがない。

 こともない。

元素記号原子核の名前とおんなじなんだけど、当然、知らない。

「そんなん、覚えてるわけないやろ。」

と突き放すが、教育的配慮と勘違いしている様子。別の学生、F君が、

 「俺のはSeやけど、これ何?」

と聞いてくる。

 「しらんなぁ、携帯かなんかで、ネットで検索したら」

とか言っていると、

 「先生、ほんまに知らんの?」

とため口で聞いてくる。

 「知らん。覚えてない。」

 「うそぉ。」

 「元素て100個もあんねやろ。そんなん、覚えられるわけ、ないやろ。」

 

 学生さんの表情がだんだん軽蔑に変わってくる。

 「ほんまに知らんの?信じられん。原子核とか専門ちゃうん?」

 「100個も覚えられたら、理論物理なんかやってないわ。」

 「開き直ってるぅ。」

早く調べないとタイムアウトになる。

 「そんなに言うんやったら、N野さんにきいてみぃ。」

と、同じ理論物理をやっている教員の名を出す。近くに居たので学生さんが聞いている。

 「N野先生、この元素記号、何ですか?」

 「そんなの覚えてるわけないでしょ。」

と、あしらわれていた。

 「ほら、見てみ。素粒子とかやってる理論物理屋は、どっかに書いてあること、わざわざ覚えへんの。」

 学生さんの絶望的な表情を見るのも、亦、楽しからずや。

 

 100個近く覚えている唯一の例外、それは掛け算の九九だ。いんいちがいち、から、くくはちじゅういち、まで、総計81個。100に足りないが。

 小学2年か3年か、あまり良く覚えてないけど、九九を覚えなければならなかった。先生の前で一人づつクラスみんなが順に並んで九九を暗誦する。言えたら席に戻る。徐々にみんな全部言えて、そして抜けて席に戻っていくのであるが、私はどうしても三の段まできたときに、最後にいつも「さんク二十八」と言ってアウトになって、また列の最後尾に並んでいた。どうしても正しく言えなかった。さんク二十八。何度も後ろに戻って、いんいちがいちから、さんク二十八。アウト。二十八ではない。列の最後尾に並んで順番が来て、いんいちがいち、・・・、さんク二十八。。。また、後ろに戻って。  昭和40年代の小学校、ひとクラス40人を超えていたが、あと数人にいつもなって、ようやく、さんク二十七が言えて、あとは9の段まで間違えなかった。

 これが何度もあった。

 

インドでは、20以下までの数同士の掛け算を覚えていると言う。

 14×17 とか、ほんとに覚えているのだろうか?

 以前、大学にはゴンドワナ超大陸の専門家であるインドの高名な大先生がおられて、酒席や JR の中で一緒になることが多くてよく話をしたのに、掛け算のことを聞かずじまいで、故国に帰られてしまった。サヨナラも言えずに。後悔しきりである。残念。

 

 でも、まぁ、20までの数同士の掛け算を、九九のようには多分覚えられそうにないから、かわりに計算法を知っておこうと思った。

 

 たとえば、14×17をやってみよう。どちらかの数に、もう一方の1の位の数を足して、10倍して覚えておく。14+7 =21だ。17+4をやっても同じ。これを10倍して210。覚えた? 次に、1の位同士を掛ける。4×7=28。さっきの210に足すと、238。これが答えだ。

 ほかの数で挑戦。13×19。13+9=22。10倍して220。1の位同士掛け算。3×9=27。結果を足し算。220+27=247。電卓で確認。13×19=247。

 

 二つの数を (10 +a) と (10+b) とする。a、b は1から9までとしよう。0は簡単すぎる。どちらかの数に、もう一方の数の1の位を足した。これを10倍して覚えておいた。今なら、10+a + b。これを10倍した。( 10+a + b )×10。次に、1の位同士掛けた。a×b。これを覚えておいた数に足した。

 

    (10+a+b )×10+a×b

 

これが、本当に求める答えになっているか、確かめてみよう。素直に掛け算する。掛け算の分配則だ。

 

     (10 +a)×(10+b)

    = 10×10 + 10×a + 10×b +a×b

    = 10×( 10 + a + b ) + a×b

 

確かになっている。2行目から3行目へは、2行目の最初の3つの項を10で括った。

 

 この方法だけ覚えておけば、なんとか暗算でできそうだ。