104.ボイルの法則とニュートン

 もう 10 年近く前になるが、「自然科学の歴史」というオムニバス講義を受け持っており、ニュートン力学の形成史と熱の科学の形成史を担当していた。物理学理論の専門家であって、科学史については研究対象としていないが、でも、まぁ、利用はしていて知識も豊富ではあるものの直接の研究対象とはしていない力学のコマの問題やら古典電磁気学の問題などを教えているのと同様で、そこは、まぁ、ある程度詳しいということで、講義を受け持った。でも、専門家ではないので、色々勉強して講義ノート、実際はオムニバスで時間が限られているのでパワーポイントの資料を作る。

 

 ニュートン力学の形成史については、ずっと以前から、力学の授業で話をしたりと、色々担当したことがあるので準備もわけなかったが、熱力学史は纏まったノートを作ったことがなかったので、色々文献などを読み漁る。

 

 せっかく準備したが、同じ時間帯に「解析力学」の講義をすることになったため、その授業は2年で首になった。

 

 色々資料を読んでいると、やはり面白い。その中で、ボイルの法則と、その理解に関するニュートンの仕事の話がある。

 

 ボイルの法則とは、高校の物理でも化学でも学ぶものだが、「一定温度で一定量の気体の体積は、圧力に反比例する」というものだ。体積は volume なので、V と書くことにし、圧力は pressure なので、P と書くことにすると

 

    PV = 一定

 

ということ。ボイルが 1662 年に実験的に確立する法則であるが、その前に、仮説としてタウンレイが

 

    PV = P0 V0

 

を考えていたようだ。ここで、P0 は大気圧で、V0 はそのときの気体の体積。

 

 ボイルの法則はフックによって検証されてもいるが、ボイルもフックも熱とは、気体を構成する物体-分子と言っておこう-の運動によるものとした、「熱運動論」に立脚していた。

 

 では、「熱運動論」以外に、熱の原因は考えられていたかと言うと、それがいわゆる「熱素説」だ。“熱”の担い手は、“熱の原子”である「熱素」であるというもの。

 

 現在では、気体を構成する分子の乱雑な運動が熱の正体であると解っており、熱素は否定されていることを予め言っておこう。しかしながら、17、18 世紀あたりは、自然界における力や効果の担い手として、物質を考えることが多かった。熱の担い手は“熱素”であり、電気の担い手は“電気流体”、磁気の担い手は“磁気流体”、化学反応による燃焼をおこすのは“燃素(フロギストン)”といった具合である。

 

 また、現在では、ボイルの法則が成り立つのは、気体分子が“容器の壁”に衝突し、分子の運動量の向きを変えることで壁に力を及ぼすことから生じることも分かっている。分子は非常にたくさんあるので、衝突により及ぼす力の平均が圧力として観測される。気体分子運動論だ。分子間の力は無視してよい。

 

 さて、時代を戻して、ニュートン

 

 ニュートンは、ボイルの法則が成り立つために、“構成粒子”間にどのような力が働けばよいか?と問題を立てたようだ。構成粒子間に斥力があれば、その斥力のせいで構成粒子同士は近寄れず、近寄ろうとすると反発することから“圧力”が生じると考えたようだ。いわば、斥力により“構成粒子”は静止している。

 ニュートンの議論を見ておこう。

 

 一辺の長さが ℓ の立方体を考えておこう。この容器の体積Vは V = ℓ3 だ。“構成粒子”間の距離 r は、構成粒子の個数が同じであれば、ℓ に 比例するだろう。そこで、比例定数を a として、r = a ℓ だ。

 容器の体積を、V’ = ( ℓ’)3 に縮める。一辺の長さを ℓ’ にと言うわけだ。そうすると、“構成粒子”間の距離も変わり、これを r’ とすると、r’ = a ℓ’ から

 

    r’/ r = ℓ’/ ℓ

 

と書ける。

 

 “構成粒子”間に斥力が働くとし、粒子間距離rでの斥力を f(r) とする。体積 V から V’ に圧縮しても、立方体の各面に接する粒子数 N は変わらないので、立方体の各面に及ぼされる斥力は、N f(r) である。圧力 P は単位面積当たりの力なので、結局

 

    N f(r) = P ℓ2 、 N f(r’) = P’(ℓ’)2

 

がそれぞれ成り立つ。比を取ると

 

    f(r) / f( r’) = P ℓ2 / (P’(ℓ’)2 ) = PV / (P’V’) × ( ℓ’/ ℓ )

         = PV / (P’V’) × ( r’/ r )          ・・・(1)

 

が得られる。ここで、実験事実として、ボイルの法則を用いよう。

 

    PV  =  P’V’

 

だ。こうして、(1)から

 

    f(r) / f( r’) = r’/ r  ・・・(2)

 

が得られる。ある定数を c と書くと、(2)から、“構成粒子”間の斥力 f(r) は

 

    f(r) = c / r

 

のように、“構成粒子”間距離 r に反比例することが解る。

 

 こうして、ニュートンは、“構成粒子”間距離rに反比例する斥力があれば、ボイルの法則が成り立つと考えた。

 

 では、ニュートンが考えた“構成粒子”とは何であろうか。すなわち、この斥力の担い手のことである。

 ニュートンが亡くなってから後の時代であるが、ラボアジエは 1789 年の「化学原論」で、熱の担い手として“熱素(カロリック)”を導入した。気体には熱が含まれているので、ボイルの法則を与えるための斥力の担い手も、“熱”を担う「熱素」であると考えられたようだ。

 

 現代から見れば間違っているのだが、それでもニュートンは偉大だ。