8.こたつと日焼けとプランク定数

 「量子力学」なるものを大学でしばらく講義していた。ミクロの物理的な世界を理解しようとしたら避けて通れない物理学の分野なのだが、そこでは「プランク定数」なる物理定数が登場する。たいてい h と書いている。

 

 日常の単位で h=6.6×10-34 Js。「J」は「ジュール」でエネルギーの単位。1ワット[W] の電球が1秒で消費するエネルギー。1ワットの電球なんか売ってないか。「s」は「秒」。なにせ10-34 だから、小さい。

 

 プランクというドイツの人が1900年に初めて導入した定数なのでプランク定数と呼ばれる。私が大学生のころは、ドイツ語圏のプランクに敬意を表して、定数 h は「エイチ」と言わず、ドイツ語読みで「ハー」と呼ばされていた。

 

 「質量とエネルギーの等価性」で出てきた光のエネルギー E は E = h c / λ と書いたが、光の速さ c を光の波長 λ で割ったものは、光の振動数になる。これをギリシャ文字の ν(ニュー)で書いて、

   E = h ν

「イー イコール ハー ニュー」と読んでいた。今の学生は「エイチ ニュー」と読む。

 

 振動数 ν は1秒間に波打ってやってくる波の山(または谷、またはどっか決めておいた波のわかりやすいところ、どこでもいいや)の数。波の山から山までの長さを波長と言って λ [m] としよう。1秒間に山は ν 個来て、山から山までの長さは λ なのだから、じっと待ってたら1秒間に波は λ×ν メートル分、自分を通り過ぎていく。1秒間に進む距離は速さ v [m/s] だから、波には

   v = λ×ν

という関係がある。光の場合、波の速さ v は光の速さ c=3.0×108 m/s なので、c=λ×ν。これを E = h c / λ に代入すると E = h ν になった。

 

 講義では、最初に光の粒子性なる話をしていたのだが、その時のレポート問題で、このプランク定数の大きさの範囲を見積もってもらうことをしていた。こういう問題は面白いよと、たしか東京大学駒場におられる物性理論のKさんから教えてもらったような気がするが、あまり記憶に自信が無い。どんなレポート課題かというと

 

 「冬に赤外線こたつに入っても日焼けをしないが、紫外線を浴びると日焼けする。このことからプランク定数hの取り得る範囲を求めよ」。

 

 ただし、日焼けは紫外線が細胞に当たった時に引き起こす化学反応で生じるとして、典型的な化学反応では 2.0 eV (エレクトロンボルト)= 2.0×(1.6×10-19 )J(ジュール)のエネルギーが必要とし、また赤外線の波長を8000オングストローム = 8.0×10-7 メートル、紫外線の波長を4000オングストローム = 4.0×10-7 メートル、と与えている。

 できるだけ日常の事柄と、ミクロの世界の事柄を結び付けて考えてもらおうという魂胆。

光のエネルギーをEとして、これは波長λによって決まるから E(λ) と書くことにすると,

    E(λ) = h ν= h c / λ   (1式)

典型的な化学反応のエネルギーをεとすると,

    ε=2 [eV] =2 ×1.60×10-19 [J]

となる。だから、

・赤外線 → 日焼けしない → 化学反応のエネルギーεより赤外線のエネルギーは小さい

・紫外線 → 日焼けする →  化学反応のエネルギーεより紫外線のエネルギーは大きい  

ということにより、

    E(λ=赤外線の波長)< ε < E(λ=紫外線の波長)

と考えられる。よって、赤外線、紫外線のエネルギーについて,(1式)を使うと、上の式は

    hc / λ(赤外線)< ε < hc / λ(紫外線)

となる。だから、この式から

     ε×λ(紫外線)/ c < h <ε×λ(赤外線)/ c

となって、h の範囲が決まる。あとは、光の速さ c=3.0×108 [m/s]、紫外線、赤外線の波長それぞれ、λ(紫外線)= 4.0×10-7 [m]、λ(赤外線)= 8.0×10-7 [m]、化学反応のエネルギー ε=3.2×10-19 [J] を代入すればよい。結果は

    4.3×10-34 [Js] < h < 8.5×10-34 [Js]

となる。実際のプランク定数の値は h=6.6×10-34 Js だったのだから、正しく収まっているし、おまけに桁は合ってる。まぁまぁだ。