43.音階

 

 子供が中学校に入学した。自分の中学時代なんて、ついこの間のような気がする。小学生の時の記憶は曖昧になっているが、中学生になると俄然よく覚えている。だから、ごく最近の出来事であったような気がするが、子供が中学生になったということは、遥か彼方のことなのかもしれない。

 

 中学 1 年の時、出身小学校が違う W 君とすぐに親しくなった。W 君はギター部に入り、クラシックギターを弾いていた。しばらくするとアコースティクギターも上手なことがわかった。当時はフォークギターと呼ばれていたのだが。ギター好きなだけあって、音楽、特にポップスが好きであった。

 クラスは別れたが、中学 2 年になっても仲が良かった。彼の家でギターを教えてもらった。おまけに、当時はレコードの時代であったが、LP レコードを貸してくれたりした。LP は値段が高く、プレーヤーにかけて針が跳んでレコードに傷でもつけたら大変だ。それでも「聞いてみたら」という感じで貸してくれた。

 フォークソングの時代を過ぎ、いわゆる「ニューミュージック」と呼ばれる音楽が盛んになっていた頃であった。“オフコース”の LP なんかを貸してくれた。ギターを教わりつつ、自分一人で練習するために、楽譜集を買って来て弾いていた。

 フォルテもフォルティシモもピアニッシモもピアノもクレッシェンドもデクレッシェンドもダル・セーニョもコーダもフェルマータもア・テンポも、レコードを聴いて楽譜を見て自分でたどっていくうちに意味を覚えた。音楽の授業でやったのかもしれないが、興味が無いときには入ってこない。和音も覚えた。といってもコードはC、Dm、G7、C みたいな黄金のコード進行。B とか出てくるとコードを抑えにくいので、最初っから転調しておいて、C とか G から始まるようにした。そんなことが出来ることも知った。カポの存在を知ったのは暫くしてからだ。

 ここで時代は飛ぶが、中学 2 年 14 歳のころから 30 年以上たち、子供が小学 4 年生の時にローマに行って家族で地下鉄に乗ったら、駅を発車するごとに車内アナウンスが「プロシマ フェルマータ エ ○○ ( la prossima fermata è ○○)」と言っていた。次の停車駅は○○くらいの感じであるが、フェルマータがイタリア語で、また、停止の意味であると知って、驚いた。フェルマータなんて言葉は音楽にしか出てこないものだと思っていた。ちゃんと勉強してこなかったからこうなる。

 

 中学 2 年生の秋、3 年生が主体の生徒会執行部が企画・運営をしていたいわゆる文化祭の運営のお手伝いを、2 年の私と W 君もすることになった。文化祭は 11 月の初めに行うのであるが、その前日には、文化祭の当日、体育館の舞台でおこなうクラブの演奏や、オーディションで選んだバンド演奏やダンスの披露などのリハーサルを、文化祭当日と同じスケジュールで行う。前日は普通の平日で、リハーサルを行うのは放課後になるので、その日の帰宅は 8 時を過ぎる。

 その中で、オーディションを突破した 3 年生 3 人組のフォークギタートリオの歌う、「加茂の流れに」が絶品であった。印象的な前奏から、舞台袖で聴いていて、いやぁうまいなぁと思った。

 

 中学 3 年になっても、相変わらず W 君の家で 2 人でギターを併せていた。この頃にはようやく W 君と合わせることができるようになっていた。彼が良く聞いていたオフコースのコピーにチャレンジしたりなんかしていた。彼はキーボードに手を出したりもしていた。それで、もちろんオフコースは 5 人なので(初期は2人だったが)、部分的にギターとかキーボードのパートだけではあるが、二人でコピーっぽく頑張っていた。

中学を卒業して、その後、W 君とは違う高校、違う大学に進んだ。W 君は大学時代に、組んでいたバンドで、インディーズながら、LP レコードを出した。中学卒業後、少し道が分かれていった。が、高校・大学時代も良くつるんでいた。大学の頃は夏休みに会って、夜まで時間があるというので、ふらっと甲子園に高校野球を見に行ったりしてから飲みに行って、そのあとカラオケ屋で歌っていた。ギター弾き語りではないが、中学の頃に戻った気分であった。

 

 ここで時代は飛ぶが、中学 2 年の秋、先輩の「加茂の流れ」に感激した 4 年と数か月後に、遠い世界であった賀茂川または鴨川をほぼ毎日渡って通学する生活を始めることになるとは、その時には思いも寄らなかった。

 

 W 君は関西の大学で法律の勉強をし、大学を出てすぐに国の司法関係の機関に就職した。私は大学で物理学を専攻し、大学を出ても就職せずに大学院に進むことになった。理論物理学を専攻した。音楽は遠い世界になった。

 

 しかし、音階なんぞは、昔々は「ピタゴラス音階」と言われるものがあったくらいなので、数学やら物理学にも結び付いている。

 

 ド・ミ・ソの和音は C。ドの音が C なのだが、ドレミファソラシドの基本のドが何故A でなく C なのか知らない。でも、オーケストラが最初に音合わせするのは、440 Hzで振動するラの音だ。どうやらラの音が基本らしい。ラの音が A。以下、シが B、ドがC。音は波として伝わるので、波の山谷 1 セットが 1 秒間に何個来るかが振動数と思えばよい。ラの音は、波の山谷が 1 秒間に 440 個来るというわけだ。

 ギターの弦を開放弦にして弾いて音を鳴らす。今度は弦の長さを半分にして鳴らす。振動数は倍になる。このとき、音は 1 オクターブ上がる。振動数の比としては、1:2だ。振動数が大きい方が高い音として聞こえる。

 人に心地よい和音として、弦の長さを  3分の 2 にしてみる。ドに対するソの音が奏でられる。振動数の比としては 2:3 だ。綺麗な整数比。ドに対してソの音は、振動数としては 2 分の 3 倍 ( 3/2 )になっている。音楽用語では 5 度離れているというらしい。5度分ずつ振動数を上げていき( 3/2 をかける)、ドレミファソラシドからはみ出るとオクターブ下げて(振動数に 1/2 をかける)、音階を作っていく。

 

    ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ→ファ→ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ

 

と作られる。シのシャープ、シの半音高いシは1オクターブ高いドのことだ。2 分の 3を掛けて、必要とあらば 2 分の 1 を掛けてオクターブを下げるという手筈で上の系列を整理して書くと

 

    ド ; 1

    ド ; (3/2)7×(1/2)4

    レ ; (3/2)2×(1/2) (= 9 / 8) 

    レ ; (3/2)9×(1/2)5

    ミ ; (3/2)4×(1/2)2 (= 81 / 64 )

    ミ ; (3/2)11×(1/2)6

    ファ ; (3/2)6×(1/2)3

    ソ ; (3/2)1 (=3 / 2 )

    ソ ; (3/2)8×(1/2)4

    ラ ; (3/2)3×(1/2)1 (=27/16)

    ラ ; (3/2)10×(1/2)5

    シ ; (3/2)5×(1/2)2 (=243/128)

    シ(=ド) ; (3/2)12×(1/2)6

 

となる。最初の (3/2)n は 5 度を n 回上げていくということ。× の後の (1/2)p は p オクターブ下げるということ。表にはファの音が無いので、これは、基本のドから 5 度下げて、必要ならオクターブを上げたら作れる。

 問題は、1 周回ってシ=(1オクターブ高い)ドまで来た時、(3/2)12×(1/2)6 =2.0272・・・となって、1 オクターブ上げたはずなのに、振動数が正確に 2 倍にならないこと。そこで、振動数の比として、

    ド ; 1

    レ ; 9 / 8 (=(3/2)2×(1/2) )

    ミ ; 81 /64 (=(3/2)4×(1/2)2

    ファ ; 4 / 3(=(2/3)1×2 )

    ソ ; 3 /2 (=(3/2)1

    ラ ; 27 /16 (=(3/2)3×(1/2)1

    シ ; 243 /128 (=(3/2)5×(1/2)2

    ド ; 2

 

とした。ファの音は下げていって作ったので、2/3 倍してから 1 オクターブ上げた(2 倍する)。こう見ると、全音(ドに対してレとか)は振動数の比は 9/8 になり、半音(ミに対してファとか)は 256 / 243 になっていることがわかる。1 オクターブ上げると振動数は 2 倍になるようにしたが、半音は全音の半分ではない。これをピタゴラス音律と呼ぶ。

 

 ピタゴラス音律では C のコード、ドミソの振動数の比は

 

   ド:ミ:ソ=1:81/64 :3/2 = 64:81:96

 

となり、簡単な整数比とは言えない。とうことは、おそらく若干、不協和なんだろう。

 

 そこで、和音がなるべく簡単な整数比になるように考案されたのが純正律と呼ばれる音階だ。もともと、ドに対するソは 2:3 の振動数比で決められていたが、今度はドに対するミの振動数を簡単な整数比、4:5 で決める。

 

    ド ; 1

    レ ; 9 / 8

    ミ ; 5 / 4

    ファ ; 4 / 3

    ソ ; 3 /2

    ラ ; 5 / 3

    シ ; 15 / 8

    ド ; 2

 

ピタゴラス音律と見比べてみると良い。こうすると、ドミソの振動数の比は

 

   ド:ミ:ソ=1:5 / 4 :3 / 2 = 4:5:6

 

となり、簡単な整数比となる。協和音となる。しかし、各音の振動数比を見てみよう。

 

   ドとレ ; ( 9 / 8 )÷1 = 9 / 8

   レとミ ; (5 / 4 )÷ ( 9 / 8 ) = 10 / 9

   ミとファ ; (4 / 3 )÷ ( 5 / 4 ) = 16 / 15

   ファとソ ; (3 / 2 )÷ ( 4 / 3 ) = 9 / 8

   ソとラ ; (5 / 3 )÷ ( 3 / 2 ) = 10 / 9

   ラとシ ; (15 / 8 )÷ ( 5 / 3 ) = 9 / 8

   シとド ; 2÷ ( 15 / 8 ) = 16 / 15

 

何か? 9 / 8 (=1.125)だったり、10 / 9 (=1.1111・・・)だったり 16/15(=1.06666・・・)だったり。歌を作っていて、C から D に転調すると、ド:レ=8:9 の音程が、レ:ミ=9:10 の音程に微妙に変わり、メロディーが崩れる。

 

 そこで、和音もそこそこ美しい、転調が自由にできる音律として、12 平均律が用いられている。ピアノの鍵盤を思い浮かべると良いが、

    ド・ド・レ・レ・ミ・ファ・ファ・ソ・ソ・ラ・ラ・シ・ド

と、ドから 1 オクターブ上のドまでの 12 個の間隔を 2 のべき乗の意味で等分する。1オクターブ上がったら 2 倍だし、全音は半音の 2 倍の振動数になるように、2 の冪で 12 等分するわけだ。どういう事かと言うと、振動数の比として、

 

    ド ; 1

    ド ; 2(1/12)

    レ ; 2(2/12)

    レ ; 2(3/12)

    ミ ; 2(4/12)

    ファ ; 2(5/12)

    ファ ; 2(6/12)

    ソ ; 2(7/12)

    ソ ; 2(8/12)

    ラ ; 2(9/12)    

    ラ ; 2(10/12)

    シ ; 2(11/12)

    ド ; 2(12/12) = 2

 

とする。こうすると半音の振動数比は 1:2(1/12) だし、全音はその 2 倍の 2(2/12) が現れ、1:2(2/12) となる。どこの振動数比も同じなので、転調は自由に行える。

 そのうえ、ドに対するソの音の振動数比は、1:2(7/12) であるが、2(7/12) =1.498307077・・・と極めて 1.5、つまり 3/2 に等しいので、ド:ソ ≒ 2:3 が保たれている。ついでに C の和音、ドミソの振動数比は

 

    ド:ミ:ソ=1:2(4/12) :2(7/12)

         =1:1.25992105・・・:1.498307077・・

         =4 :5.0396842・・・:5.993228308・・・

         ≒ 4:5:6

 

となる。うまくハモるはずだ。奥が深い。

 

    Do、Re、Mi、Fa、Sol、La、Si、Do

 

レは Lemmon の Le ではないが、日本人には R と L の発音は区別できないので良しとしよう。