76.アイドルになりたい

 新学期が始まった。大学も新入生であふれかえる春爛漫だ。

 今もそう変わりはないが、私が大学に入りたての頃は、一人暮らしを始めたばかりの経験の浅い、経験値の低い新入生を狙って、とにもかくにも様々な勧誘がやってきたものだ。新興宗教ねずみ講、おとなしい系の左翼から過激派まで、百花繚乱、春、真っ盛りであった。

 今も昔もそう変わらずひねくれていたから、そういう類には引っかからなかった。浪人を経験している友人の猛者たちは、逆に勧誘してくる先輩(?)大学生を手玉に取って、からかっている連中もいた。そこは理学部だったので、新興宗教の人に除霊してもらってから、科学的に徹底的に反撃するとか。

 

 たち悪いぞ。

 

 様々な勧誘活動があるのだろうが、一応都会に住んではいたものの、幼いころから「アイドルになりませんか」というスカウトだけは一度も経験したことは無い。

 

 なぜだ?

 

 だから、スカウトされて芸能界入りしましたとかいう話を聞くと、え~ぇ、うそぉ、と思ってしまうのは、ひがみ根性なのだろうか。

 

 子供の頃といえば、やたらと心拍数が多く、1分間で80回ほど脈を打っていた。引き続き半世紀以上を生きてきて、数年前から猛烈な頭痛がすることが多く、気分もあまり良くない日があったので、行きつけのスポーツ施設、もとい、そこのお風呂が目当てなのであるが、そこにある血圧計で血圧を測ってみたら、かなり高かった。ほぼ毎日測るも落ち着かず、とうとう上が 200 mmHg を超えた。下の血圧も高血圧と診断される上の血圧を超えていたので、簡易血圧計を買って家でも測るようにした。心拍数も出るのだが、いつのまにか1分間で 100 前後が通常になっていた。

 

 職場の或るキャンパスで教員が2人倒れ、長期休養されているという話になった折、血圧の話になった。最近200を超えますよ、という話をしたら、居合わせた学部長先生から、まずは病院に行け、自分が行っているところを紹介する、今倒れられたら困る、ということで、挙句、学部長命令だ、と仰られたので、翌日紹介された医院へ行く。

 

 各種検査をされて、まぁ、色々あったのだが、とりあえず脳内出血で倒れますかねぇ、と医師に聞くと、心配するな、血圧の高さと心拍数からみると脳内出血起こす前に心筋梗塞で死ぬ、と言われた。

 

 わんさか薬を出したりしない先生で、信頼できそうであった。でもどれくらいの割合で死ぬのだろうか。まぁ、確実に人は有限の寿命を持つので、確率 1 ではあるが。

 

 薬学・脳科学研究者の池谷裕二さんの著書を読んでいたら参考になる記述があった。直接の引用はやめるが、以下のようなことである。

 

 1万人に1人感染する病気があったとする。感染するとおそらく死ぬので怖い。ところが、信頼性99%という検査薬が開発された。この病気に感染していたら99%の信頼性で陽性反応が出る薬だ。そこで検査してみる。なんと、「陽性」が出てしまった。99%感染していて近々死ぬのだろうか。

 

 その本には解説が書いてある。こういうことだ。

  1. 出てくる数字を簡単にするために、100万人の集団を考えてみよう。1万人に1人感染するのだから、100万の人がいたら100人感染しているはずだ。
  2. 感染している100人に検査薬で検査すると、99%の信頼度なので、99人に「陽性」反応が出るはずだ。
  3. 感染していない99万9900人は「陰性」のはずだが、検査薬は1%は外れるので、逆に1%の確率で間違って「陽性」と出るはずだ。人数にして、99万9900人×1%=9999人は間違って「陽性」とでてしまう。
  4. 100万人いたら、検査薬で「陽性」とでるのは、本当に感染している99人と、間違って「陽性」と出てしまった非感染者9999人、併せて1万98人だ。ということは、検査薬で「陽性」と出ても、本当に感染している確率は、

   99 / 10098 = 0.0098 ≒ 1%

と、約1%だ。だから、99%の信頼度の検査で「感染している(陽性)」とでても

本当に感染しているのは1%の確率だ。

  1. ということで、「陽性」がでても「99%」の確率で感染しているわけではない。良く計算しないといけない。

 

 ということで、今の話を応用すると、高血圧・心拍数過多で、仮に1万人に1人の割合で心筋梗塞で1年以内に死ぬとしても、また信頼できる医者の先生であって信頼度99%で予言できているとしても、実際に死ぬかどうかは1%の確率だ。

 

 気にしないでおこう。

 

 ちょっとこれを応用してみよう。まぁ、私には関係のない、仮りの話だ

 

 街を歩いていると、芸能事務所のスカウトマンと称する人に、君、アイドルになれるよ、事務所に来てアイドルにならない? と声を掛けられる。僕は凄腕のスカウトマンだから99% の信頼度でアイドルになれるか判定できるんだよ、ハッハッハ、1% はハズレルけどね、とノタマウ。アイドルになれるのは1万人に一人としよう。スカウトマンの信頼度がたとえ本当に99% だとしても、池谷さんの著書の計算と同じ計算で、アイドルになれる確率は1% 未満だ。

 

 実際には99%の信頼度のスカウトマンなんていないだろうから、声を掛けられてアイドルになれる確率はもっと低いだろう。

 

 アイドルになりたい。

 おいしい話には要注意だ。

 

 高血圧・高心拍数・高血糖値の三高なんだがなぁ。