80.シュテファン・ボルツマンの法則に従って、暑い

 第62回の備忘では、人が座っているだけで熱を発生しており、「代謝率」なるものを引っ張て来て、おおよそ一人当たり100 W、1秒間に100 Jのエネルギーを熱として放出していることを見た。

 

 今回は、代謝率という生理学的な知識を使わず、物理学だけで再度検討して見る。

 

 なんせ、学部改組でカリキュラムの再編成をして始まった講義が、2年目の今回も170名を超える受講生となってしまったので、100 W × 170ということで、17 kW の発熱があるので、暑い。熱い。

 

 梅雨が明けて日焼けした男の子たちは半そで半ズボンでやってくるので、彼らを黒体と近似してしまおう。黒体放射のエネルギー密度は、すでに第 12 回で計算した。プランク分布だ。

 

    U = (8πν2) / c3 × hν / (e(hν/ k T) -1) ・・・・(1)

 

ここで、h = 6.6×10-34 Js はプランク定数、ν [1/s] は放射される光の振動数、c =3.0×108 m/s は光の速さ、T [K] は絶対温度、k = 1.38×10-23 J / K は「ボルツマン定数」と呼ばれる数。第 9 回でも見た式だ。

 

 学生さんは体表面から熱放射しているので、放射のエネルギー密度(1)式を、表面の単位面積、かつ単位時間当たりに放射するエネルギーに書き換えておかないといけない。

 

             f:id:uchu_kenbutsu:20180720153822j:plain

 

 図のように、面積 dS から放射されるエネルギーを考えよう。放射が図の z 軸から角

θ 傾いた方向へ向かうとしよう。dt [s] の時間に放射される電磁波は速さ c の光速で進むので、c × dt だけ進んでいる。時刻 dt までに放射されたエネルギーは、図の傾いた円柱の中にある。円柱の高さは図のように、( c×dt ) × cos θ になっていることがわかるので、傾いた円柱の体積は

 

   円柱の体積= dS × ( c × dt × cosθ )

 

となる。体積は(底面積)×(高さ)だ。放射されたエネルギーはこの体積中にある。黒体から放射される単位体積当たりのエネルギーが(1)のエネルギー密度 U だったので、円柱内のエネルギーは

 

   円柱の体積×エネルギー密度=( dS× c×dt ×cosθ ) × U ・・・(2)

 

だ。

 

         f:id:uchu_kenbutsu:20180720154108j:plain

 

 放射は全方向に出ているので、考えている方向、図ではz軸から角 θ、x 軸から角 φに向かう方向への放射は、半径を r とすると、球表面の四角形 ABCD の面積分だ。ABの長さは図から r × dθ、ADの長さはやはり図から r × sinθ × dφ と読み取れるので、ABCD へやってくる放射は、全球に対して

 

   ( ( r× dθ ) × ( r × sinθ × dφ ) ) / ( 4πr)・・・(3)

 

だけあることになる。分母の 4 π r2 はもちろん球の表面積。この全表面積の一部のABCDの面積分を考えているので、この比率がかかる。

 

 こうして、z軸から角 θ、x 軸から角 φ に向かう方向への放射は(2)と(3)から

 

   U × c × dS × dt × cosθ × ( sinθ × dθ × dφ / (4π) )

 

となった。

 

 面積 dS から全方向に放射されるエネルギーは、すべての空間へ放射されるので、図で角度 θ は 0 から π、角度 φ は 0 から 2π まで動くことを考えて、すべて足し合わせて、つまり積分して

 

  U × c × dS × dt / ( 4π) × ∫ cosθ sinθ dθ ∫ dφ  ・・・(4)

 

となるが、0 から 2π まで積分する ∫ dφ は 2π を与え、0 から π まで積分する

∫ cosθ sinθ dθ は 1/2 を与える。こうして、(4)は

 

  ( c / 4 ) × U × dS × dt

 

となる。面積 dS と時間 dt が出てきたので、単位面積、単位時間当たりの放射に直すと、dS と dt で割っておいて、

 

  I = ( c / 4 ) × U ・・・(5)

 

という式が得られる。ここで、I は単位面積、単位時間あたりに黒体から放射されるエネルギーであり、放射発散度という名前がついている。ごちゃごちゃ計算したが、エネルギー密度 U を c 倍して 4 で割った単純な式になった。

 

 そうしたら、単位時間あたり、単位面積から放射される全エネルギー P を計算して見よう。すべての振動数 ν の電磁波が出ているのだから、(5)式をすべての振動数 ν について、0 から無限大まで足して(積分して)

 

  P=∫ I dν = ( c / 4 ) ∫ U dν =  (2πh / c ) ∫ ν3 / ( e(hν/ k T) -1 ) dν

 

を計算すればよいことになる。hν / kT = x と置換しておくと、上の式は

 

  P = ( 2πk4 T4 / (c2 h3 )) × ∫ x3 / ( ex -1 ) dx

 

となっていしまい、0 から無限大までの最後の積分 ∫ x3 / ( ex -1 ) dx は、π4 / 15 を与えることが知られているので、結局

 

   P =  2 π5 k4 T4 / ( 15 c2 h3 )

             = σT4                   ・・・(6)

   ここで、σ = 2 π5 k4  / ( 15 c2 h3 ) = 5.67×10-8 W / m2

 

となる。放射は絶対温度 T の 4 乗に比例する。これは「シュテファン・ボルツマンの法則」と呼ばれている。最後のσの数値は、ボルツマン定数 k、光速 c、プランク定数 h  のそれぞれの物理定数の値を代入して求めた。

 

 さぁ、いよいよ学生さんからの放射を考えてみよう。62 回では人の表面積を計算して見て、170 cm、60 kg の人だとだいたい表面積が 1.69 m2 として、代謝率を考えて計算して見た。(6)のように、単位面積当たり黒体は放射 P をすることがわかったので、P に体表面積 1.69 m2 を掛ければよい。若い学生さんの体温は高そうなので、37 oC としてみよう。絶対温度で 310 K だ。そうすると

 

    σT体温4 × (表面積) = 5.67 × 10-8  × 3104  × 1.69

 

だけ放射している。

 ただし、黒体は周りからの熱も、もれなく吸収するので、学生さんが体表面から吸収する熱放射分を考慮しなくてはいけない。室温が 27 oC としてみよう。絶対温度で 300 K だ。そうすると

    

    σT室温4 × (表面積) = 5.67 × 10-8 × 3004 × 1.69

 

分だけ吸収する。こうして、両者の差し引きが実質的に学生さん一人から単位時間に放射されるエネルギーだ。こうして、

 

    σT体温4 × (表面積) -σT室温4 × (表面積)

   =σ ×(表面積)× (T体温4 - T室温4 )

    = 5.67 × 10-8 × 1.69 × ( 3104 - 3004 )

    = 108.779 W

 

およそ 109 W でだいたい一人当たり 100 W。1秒間に 100 J のエネルギーを熱として放出している。

 

 生理学の代謝率を用いた計算とほぼ同じ結果が得られた。

 

 どっちにしても、暑い。熱い。