130.金は天下の回り物

 経済学を勉強してこなかったので、経済の仕組みが良く判らない。これが「飯米に追われる」あるいは、赤貧を洗ってしまう元になっているのかもしれない。

 

 何かの本で読んだような気がするのだが、どの本に書いてあったのか、覚えがない。興味が無いとそういうものなのだろう。

 ある銀行Aに100万円の資金があったとしよう。大きなお金と言えば、今も昔も100万円だ。その銀行は、支払い準備のために10万円を手元に残して、残りの90万円をPさんに貸し出す。今の場合、100万円のうちの10万円を残したので、“支払準備率”は10 % ということだ。Pさんは、最近自宅を改装してパン屋さんを始めるためだ。その90万円を大工のXさんに支払い、改装する。借金はパンを売って儲けて返す予定だ。まだ返せないけど。大工のXさんは労賃として得た90万円をA銀行に預ける。A銀行は、現金としては支払い準備として残した10万円と、Xさんからの預金90万円のあわせて100万円だが、Pさんに貸し付けた90万円がいずれ戻って来るので、資産としては100+90=190万円になっている。

 最初は100万円だったはずなのに、なぜか増えている。その上、Pさんから利子付きで返してもらうので、一層増えるだろう。

 

 大工のXさんがA銀行に預けるとは限らないので、話を少し一般化しておこう。

 Xさんは、B銀行に90万円を預けた。B銀行は、やはり支払準備率10%で、手元に9万円残して残りの81万円をQさんに貸し付けた。Qさんは仕事を頼んだYさんに81万円を支払った。Yさんは受け取ったお金をB銀行に預けた。この時点で、B銀行には、手元の9万円と、Yさんが預けた81万円と、いずれ戻って来るQさんへの貸付金81万円の、合わせて90 + 81 = 171万円あることになる。さっきはA銀行に190万円あったが、今、Xさんが A銀行に預けなかったので、190―90 = 100万円あるので、それと合わせて、100 + 171 = 271万円が市中にある勘定だ。

 あれ、190万円だったのが、また増えた。もとは100万円しか無かったのに。

 

 ちょっと整理しよう。

 100万円から出発して、“支払準備率”をrとする。ただし、0 < r < 1だ。

 最初、100万円あった。

 

            100 万円

 

 100×r万円残して残りを貸し付ける。市中には

   

      100 + 100×( 1-r ) 万円

 

出回っている。最初にA銀行、Pさん、Xさんのときの190万円だ。ここで、r=0.1 を入れると確かにそうなる。

 次に、100×(1-r)万円の預かりを受けたB銀行が、準備率rでr×(100×(1-r))万円残して、残りをQさんに貸し付ける。要するに、預かった(100×(1-r))万円の1-r倍、r=0.1なら90%を貸し付けるというわけだ。つまり、( 1-r)×(100×(1-r))万円貸し付けて、市中にお金を出回らせる。ここまでで、市中に出回っているお金は

 

     100 + 100×( 1-r ) + ( 1-r)×(100×(1-r))万円

 

要するに、

 

     100×[ 1 + ( 1-r )+ ( 1-r )2  ] 万円

 

というわけだ。Qさんから支払いを受けたYさんがC銀行に全額、 ( 1-r)×(100×(1-r))万円預けて、C銀行は準備率r で一部を手元に置いて、残りの(1-r )×( 1-r)×(100×(1-r))をRさんに貸し付けて・・・。

 これを繰り返していくと、最終的に、市中には

 

    100×[ 1 + ( 1-r )+ ( 1-r )2 + ( 1-r )3  + ( 1-r )4  ・・・ ] 万円

   =100 ×( 1 / r ) 万円

 

出回っていることになる。ここで、

 

    1 + x + x2 + x3 + x4 +・・・ = 1 / ( 1-x )

 

級数公式を使った。今は、x = 1-r とすればよい。

 

 こうして、例えば“支払準備率”が10%、すなわちr=0.1 の時、100万円しか現金は無いのに、最大、100 / 0.1 =1000万円市中にお金があるように見える。10倍だ。

 お金が動けば、実際以上にお金があるようになり、景気が良くなるのだろう。流通するお金を増やすために、単に紙幣を10倍印刷すると、お金の価値は10分の1になり、インフレになってしまうが、お金が動けば、紙幣を刷らずに市中に出回る見かけのお金が増えて、景気が良くなるということだろう。

 

 最初に戻ろう。支払準備率とか、もう良しにする。

 ある銀行Aに100万円の資金があったとしよう。大きなお金と言えば、今も昔も100万円だ。その銀行は、その100万円をPさんに貸し出す。Pさんは、最近自宅を改装してパン屋さんを始めるためだ。その100万円を大工のXさんに支払い、改装する。借金はパンを売って儲けて返す予定だ。まだ返せてないけど。大工のXさんは労賃として得た100万円をA銀行に預ける。A銀行は200万円の資産になり、Xさんは儲かったので+100万円、Pさんは借金だから-100万円。やっぱりトータル200万円になっている。だが、現金100万円は、A銀行からぐるっと廻ってA銀行に戻ってきただけだ。現金とは不思議な代物だ。この話では、現金が無くても成り立つ。

 

 でも、こんなことは、昔から解っていたことのようだ。

 落語に「持参金」という噺がある。

 長屋住まいのある男が、大店(おおだな)の番頭さんから20円を借りていた。番頭さんがその男の親に世話になっていたとかの縁で、ある時払いの催促無しで貸していたが、急に入用になったので、返してもらえるように頼みに来る。その男も借りた金なので返すつもりだが、番頭さんは今晩までに欲しいと言い残して帰っていく。急に言われても20円もの金を工面できるわけもなく、ごろごろしているところへ、世話好きの金物屋の佐助さんがやってくる。佐助さん曰く、嫁さんをもらわないか、という縁談話。お相手のお花はん、一つ困ったことにお腹に子がいるので、持参金の20円も持たせて旦那を探している。お前どうだ、という話。この男、ちょうど持参金が20円ということで、持参金目当てでその日のうちに祝言を上げる。が、佐助さん、20円はもうちょっと待ってくれと言う。結局翌朝になって、番頭さんが20円の取り立てに男のところへやってくるも、男は、もうすぐお金が入るので、少し待ってほしいと頼むと、番頭さん、お店(たな)を出たり入ったりするのも変に思われるので、ここで待たせてほしいとなって、その間に、何故急に20円を用立てしないといけないかの理由を話し出す。お店のお花はんと良い関係になって、子が出来た、店の大旦那に知れたら大ごとなので、何とかならないか佐助さんに相談したら、20円用立ててくれたら何とかすると言われたので、20円が要るのだ。というわけで、佐助さんは、番頭さんから20円払ってもらった後、その20円を男に持参金として渡す算段をしていることが分かる。そのお金で、男は番頭さんに借金返済をするということになっているのだった。実際には現金の20円は要らず、男が手ぬぐいを出し、これが20円ということで番頭さんに借金返済し、番頭さんはそれを佐助さんに渡した体(てい)で、結局佐助さんから男に20円に見立てた手ぬぐいが戻ってきた、これで良いな、となって、『あぁ、金は天下の回り物』というのが下げ。

20円の現金は動かないが、丸く収まるという噺。

 

 現金って何なんだろうか。

 

 古典落語、恐るべし。