139.ボールの回転と飛距離?~単純化・理想化・簡単化~
High intelligence な県の教育委員会は、当地の大学と連携して、小学校、中学校、高等学校の理科教育の指導力向上を図ることを目的として、「理科教員(コア・サイエンス・ティーチャー)養成・育成事業」を展開している。そこで、当地の大学の教員であることから、同僚のK先生と二人で「力学の理解(自然界の基本法則とその発現を探る)」と題して、この事業の受講を希望する現職の先生に 1 日 6 時間、授業をすることが要請された。例年、受講者が零の不人気講座なのだが、今年度は受講者が初めて現れた。
喜ばしい限りである。
が、準備が結構大変だった。
県の理科教育の中核を担う教員の養成なので、内容のレベルをどのあたりに設定すべきか。
微分積分を駆使して、本質的理解に結びつけるがっつりした講義ノートを用意した。
が、直前に気が変わった。
小学校の先生が 2 人と高校の先生が 1 人という受講生の顔ぶれから、講座開講直前に大幅に内容を変えた。相方のK先生も直前に内容を変えたそうだ。
さて。
2 人で分担したとはいえ、それでも3時間に渡った私の講義内容はここでは措いておく。
講義が終わってから質問を受け付けた。大体出尽くしたところで、
「今、ご覧の通り、脚を怪我しているのですが、サッカーをやっていて・・・」
と仰る小学校の先生から、
「ちょっと関係ないかも知れないけど、ボールを蹴って、あと少し飛距離を伸ばしたいんだけれど、今日の講義の内容と関係して、何か方法ないですかねぇ。」
みたいな話題を提供された。あんまりサッカーボールに回転を与えすぎていると、エネルギーが回転のエネルギーにも費やされて飛距離が伸びないのでは、ということが浮かび、あまり自信は無いがそう言ってみた。高校の先生からは、ボールに運動量を与えるために力積 f Δt を加えるので、同じ力f を与えるとしても、脚とボールの接触時間Δt を増やせばそれだけ力積が大きくなるので、運動量、つまり初速v が大きくなって遠くまで飛ぶだろう、とか、結構盛り上がった。
と思う。
その場では結論が出なかったので、後日考えてみた。
最初は、運動方程式を立てて、しっかり解こうとしたが、並進の方程式と回転の方程式を立てたところで、何か拘束条件というか束縛条件というかが必要な気がして、うまく行かない。
なんか見落としている。
こういった場合は、とりあえず感触を掴むために、とにかく単純化、理想化、簡単化して、考えてみる。
コア・サイエンス・ティーチャー養成授業では、ニュートン方程式を話し、エネルギーの話もして、ついでに第 120 回で備忘したベルヌイの定理も話した。それで、この 3題噺で仕上げてみよう。
状況設定は下の図の通りだ。
サッカーボールは右へ飛んでいる。そうすると、サッカーボールの立場に立つと、ボールの上下ともに右から左へ空気が流れている。
サッカーボールにはバックスピンをかけて回転させよう。ボールは図のように左回りに回転しているので、ボールの上側表面は空気の流れと同じ方向、下側は反対方向にボールの表面は動いている。こうして、ベルヌイの定理で浮力が生じることを考慮したい。折角授業で話したので。
まずはボールの大きさを忘れて質点として飛距離を見ておこう。話は理想化しているので、空気抵抗は無視しておく。水平方向、x 方向には重力も何も力が働かないので初速のまま動いていく。初速を v0 として、ボールを蹴り上げた角度が水平面から θ とすると、水平方向の初速は v0 cosθ なので、
x = v0 cosθ × t ・・・(1)
となる。ここで、t は蹴ってからの時間。(速さ)×(時間)で動いた距離。
垂直方向、y 方向は、下向きに重力 mg がかかっている。m はサッカーボールの質量、g は重力加速度。上向きの初速は v0 sinθ なので、
y = -( 1 / 2 ) g t2 + v0 sin θ × t ・・・(2)
(1)から t = ・・・として(2)の中の t を消去すると
y = -g / ( 2 v02 cos2θ ) ×x2 + x tanθ ・・・(3)
と、放物線の式が得られる。x = 0 以外での点での y = 0 となるx が到達点なので、(3)で y = 0 として
x ( -g / ( 2 v02 cos2θ ) ×x + tanθ ) = 0
の x = 0 以外の解を飛距離 s とすれば良い。こうして、
s = ( v02 / g ) sin 2θ
が得られる。飛距離の最大値は sin 2θ = 1 となる角度で得られるので、2θ= π/ 2、つまり θ= π/ 4 ラジアン = 45 度 でサッカーボールを蹴り出せばよいことがわかる。このとき、最大飛距離は
s = v02 / g ・・・(4)
と、初速 v0 と重力加速度 g で得られる。
次に、ボールにバックスピンをかけて、ベルヌイの定理を使ってみよう。
サッカーボールのような球体にはベルヌイの定理が厳密には成り立たないが、そこは単純化、簡単化で、近似したとことにしておこう。
まず、初速だ。もし回転をかけなければ、ボールを質点とみて、運動方程式、つまり
(力)=(質量)×(加速度) ・・・(5)
で、最初静止したボールに力を加えて、すなわち蹴って初速 v0 を与える。速度の変化に要した時間を Δt とすると、加速度は、
(加速度)= ( v0 - 0 ) / Δt
となる。ここで、Δt → 0 とすれば良い。今、Δt は微少だが有限としておけば、ボールに与える力を f として、(5)は
f Δt = m v0
となる。左辺が「力積」。
本当は剛体回転の運動方程式を立てないといけないが、先に記したように、何か足りなかったので、正しいかどうかわからないが、以下のようにエネルギーで考えてみる。回転を与えないようにドンピシャ蹴りだすと、初速 v0 を与えられるのだが、ボールに回転を与えたので、その分、ボールの並進の運動エネルギーが一部回転のエネルギーに使われ、初速が v0 から v へと小さくなったと考える。そうすると、力積 fΔt で与えた運動では、与えた運動エネルギーは、ボールに回転させなかった場合と回転させた場合で同じとして
E = ( 1 / 2 ) mv02
= ( 1 / 2 ) mv2 + ( 1 / 2 ) Iω2 , ・・・(6)
( I = ( 2 / 5 ) m R2 )
となる。ここで、I は球の主慣性モーメントと呼ばれる量で、回転のし難さ・し易さを表している。ω は回転の角速度で、1 秒当たりの回転角をラジアンで測っている。また、主慣性モーメントに現れた R はサッカーボールの半径。こうして、(6)から、
v = √[ v02 - ( 2 / 5 )・R2ω2 ]
が得られる。回転へエネルギーが費やされるため、与えた初速 v が、回転のない場合の初速 v0 より小さくなった。そうすれば、(4)で、初速 v0 を v で置き換える必要があるので、最大飛距離は小さくなる。
が、しかし。
サッカーボールにはバックスピンが掛けられているので、ベルヌイの定理からボールに揚力が働くはずだ。そこで、ボールの上側の空気の速度を v上、ボールの上側にかかる圧力を p上、下側のそれらをそれぞれ v下、p下 としよう。ボールの上下とも、空気の流れは水平と仮定・簡単化して、ボールを基準にすると v cosθ の水平方向の空気の流れを感じているはずだ。そこに、ボールの回転による空気の流れの擾乱があるはずだ。ボールの上側のボールの表面は Rω の速さで空気の流れと同じ向き、下側は Rω の速さでボール表面は空気の流れと逆向きに動いている。R はサッカーボールの半径、ω はボールの角速度で、エネルギーのところで既に出てきた。このボールの回転の影響で、それぞれの流速は
v上 = v cosθ + aRω
v下 = v cosθ- aRω
となると仮定しよう。ここで、a ( 0 ≦ a ≦ 1 )という未知のパラメータを入れておいた。どれくらいボールの回転で流速に影響が与えられるかわからないので、こうしておく。初め、a = 1 として計算してみたが、揚力が大きくなりすぎることに気づいたので、こうしておいた。また、最大の飛距離を求めたいので、θ= 45 度に取る。こうしてcos θ= 1 / √2 だ。
媒質である空気の密度を ρ とすると、第 120 回のとおりベルヌイの定理から
( 1 / 2 ) ρv上2 + p上 = ( 1 / 2 ) ρv下2 + p下
となる。こうして、ボールにかかる圧力のアンバランス
p下 - p上 = ( 1 / 2 ) ρ ( v上2 - v下2 )
= √2×ρa2 v R ω
が得られる。力は(圧力)×(面積)なので、サッカーボールの断面積は πR2 だから、揚力を考慮して、ボールに働く力 F は
F = mg -πR2 ( p下 - p上 )
となるが、“有効重力加速度” ge を勝手に定義して、下向きの力 F を有効重力加速度を用いて
F = mge
と書き直すと、
mge = mg -πR2 ( p下 - p上 )
すなわち
ge = g -√2×π ρa2 v R3 ω / m
となる。こうして、揚力のおかげで少し小さくなった“有効重力加速度”のもとで、サッカーボールの最大到達距離は、(4)で v0 を v に置き換え、g を ge に置き換えて
s = v2 / ge
= ( v02 - ( 2 / 5 )R2 ω2 ) / ( g - √2×π ρa2 R3 ω√[ v02 - ( 2 / 5 )・R2ω2 ] / m )
・・・(7)
と得られる。ここで、“サッカーボールの回転数”を n とする。これは1秒当たりの回転数。すると、角速度とは
ω= 2πn
の関係になる。1 回転は 2π ラジアンだから。
さぁ、数値を代入してみよう。
空気の密度 : ρ= 1.166 kg / m3 (20 OC )
重力加速度 : g = 9.8 m / s2
サッカーボール(5号)の半径 : R = 0.11 m
サッカーボール(5号)の質量 : m = 410 ~ 450 g
間をとって 0.43 kg
サッカーコートは1 05 m × 68 m だそうなので、ボールに回転をかけないで長い方の半分、52.5 m 飛ばせるとすると、その時の初速は
v0 ≒ 22.7 m/s
となる。こうしておくと(7)は
s = ( 515.29-0.1910×n2 ) / ( 9.8-0.1007×n×a2×√( 515.29-0.1910×n2) )
となる。
a を変えて、回転数 n に対する最大飛距離 s をグラフにしてみよう。
サッカーボールの平均回転数は 8 回転 / s らしい。大体 4 から 10 回転程度だそうだ。たとえば、図から、a = 0.1 では、回転数が 4 あたりで最大飛距離が出るが、回転数が多くなれば飛距離は小さくなる。揚力で得をするより、ボールの回転にエネルギーが取られすぎというわけだ。a = 0.15 では、1 秒当たり 7 ~ 8 回転のとき、飛距離が最大になる。
まぁ、単純化・理想化・簡単化・怪しい近似を思いっきりしたので、数値にあまり意味はない。言いたいのは、飛距離を最大にする回転数が存在するかもしれないぞ、ということ。
先生、どうですか? お怪我は治りましたか?