145.戦いの奴隷

 1998 年から 1999 年にかけて 1 年間、フランスはパリに住んでいた。今は名称が変わったが、当時はパリ第 6 大学と呼ばれていた大学が、ノートルダム大聖堂のやや東側のセーヌ左岸にあり、そこに通って研究を行っていた。

 第 6 大学から西へサンミッシェル大通りまで、またセーヌ川から南へサント・ジュヌビエーブの丘、パンテオンのある辺りくらいまでの一画は、カルチェ・ラタンと呼ばれている。ビストロなんかにもよく行った。

 カルチェ(quartier)は「地区」、 ラタン(latin)は「ラテン語」であり、「ラテン語を話す地区」、くらいの感じか。中世ヨーロッパの共通語、リンガ・フランカ(lingua franca)はラテン語であり、各地から集まってきた学生たちはラテン語で学び、議論していたようだ。要するに、カルチェ・ラタンは、いわば古き良き学生街である。パリ第 6・7 大学、ソルボンヌ大学コレージュ・ド・フランスグランゼコールであるエコール・ノルマル・シュペリウールなどの高等教育機関や、リセ・ルイ・ル・グラン、リセ・アンリ 4 世などの高等学校などなど、多くの教育機関がある。パリでは家からパリ第 6・7 大学までの通学・通勤の途中、リュクサンブール公園を抜けてパンテオンへ向かい、サント・ジュヌヴィエーヴ図書館の横、リセ・アンリ 4 世校の入り口の脇をいつも通り過ぎていた。リセ・アンリ 4 世校の出身者には大統領のマクロンもそうだが、ジャン・ポール・サルトルミシェル・フーコーなどの哲学者や、アンドレ・ジッド、モーパッサンなど、多彩な人物がいる。1796 年創立だそうだ。1998 年当時、リセのわきを通っても、普通の高校生、まぁフランスは喫煙年齢制限が無く、当時は 16歳からタバコが買えたので、タバコを吸いながら登校してくるただの高校生にしか見えなかったが、あの中から将来著名人が出てくるのかもしれない。マクロン大統領は 1977 年生まれなので、私が歩いていた 1998 年には 21 歳だからもう卒業していて、すれ違わなかったはずだが。

 

【パリ、パンテオン。左端に写るのがサント・ジュヌヴィエーヴ図書館。左奥の塔が

 リセ・アンリ4世校の一部。】

 

 幸い、コレージュ・ド・フランスにもエコール・ノルマル・シュペリウールにも、仕事関係で入らせてもらった。パリ第 3 大学であるソルボンヌ大学は文系の学部だったので、観光がてら覗いただけだが。

 

 カルチェ・ラタン。フランスの学生が今でもラテン語を学ぶのかどうか知らないが、フランス語、イタリア語、スペイン語ポルトガル語ラテン語の 4 姉妹なので、ラテン語に興味はある。

 

 が、難しい。

 

 例えば格変化。6 つもある。主格(~は)、属格(~の)、与格(~に)、対格(~を、~から、~に)、奪格(~を、~に)、呼格(~よ)。複数になるとまた異なるので、名詞一つで 12 種類。しかも第 1 変化、第 2 変化、第 3 変化がある。名詞だけでこれだもの、形容詞、動詞とか・・・。

 

 ところで。

 

 古代ローマガイウス・ユリウス・カエサルは紀元前 49 年から独裁官(dictator)になっているが、紀元前 44 年 1 月からは終身の独裁官となった。紀元前 44 年 3 月 15 日に、ローマの聖域、アレアサクラ (regio sakura)、今のトッレ・アルジェンティーナ広場(遺跡)の中心で暗殺される。そこがカエサルの暗殺場所と発掘・特定されたのは 2012 年 10 月のこと。2013 年 6 月頃にそこを通っていたのは、今思うと感慨深い。

 それはさておき。

 シェークスピアの『ジュリアス・シーザー』は、もちろん古い英語で書かれているが、

    「ブルータス、お前もか」

のところはラテン語で書かれている。

    「Et tu, Brute ?」

ブルータスは「Brutus」だが、これは主格なので、ブルータスに呼び掛けるときには呼格にしないといけない。Brutus の呼格が「Brute」。固有名詞まで格変化する。「ブルーテ、お前もか」ではピンとこないのだが。

 

 イギリスの宰相、ウィンストン・チャーチルは、子供時代に学校でラテン語を学んだとき、名詞の格変化を覚えさせられたそうだが、その例がテーブル、mensa だったそうだ。

 

  mensa,    mensae,    mensae,    mensam,    mensa,      mensa

 テーブルが、テーブルの、テーブルに、テーブルを、テーブルによって、テーブルよ

 (主格)  (属格)   (与格)  (対格)   (奪格)    (与格)

 

チャーチルは、“何故テーブルに「テーブルよ」と呼び掛けないといけないのか”と思ったようだ。

 

 そのチャーチルであるが、1899 年から 1902 年の第 2 次ボーア戦争大英帝国南アフリカとの戦争だが、そこに従軍記者、『モーニング・ポスト』紙の特派員として従軍している。一旦は捕虜になったが、捕虜収容所から脱走した。従軍時の経験なのだろうか、

 

    『一度戦争に身を委ねた政治家は、制御しがたい戦いの奴隷となる。』

 

という言葉を残している。

 チャーチルは後に、1953 年、ノーベル文学賞を受ける。

 

 従軍記者と言えば、四国は松山出身の正岡子規も、新聞『日本』の従軍記者として日清戦争に従軍している。このため、結核が一層ひどくなったようだ。

 子規の友人、秋山真之は、日清・日露戦争に海軍として参加している。特に 1904 年から始まった日露戦争では、東郷平八郎率いる連合艦隊の参謀だった。殆ど彼の立案した作戦で、ロシアのバルチック艦隊を破ったようなものだ。その日本海海戦の開戦時に打電した「天気晴朗なれども波高し」で知られているだろう。また、真之の兄、好古は陸軍にいて騎兵隊を編成し、やはり日露戦争を戦っている。

 

           【秋山兄弟生誕地(松山)】

 

 日露戦争と言えば、強大なロシア帝国にアジアの小国が戦った戦争ではあるが、日本の国力はさほどでもなかったため、戦費の調達に苦労していたようだ。当時は大英帝国が随一の国家であったため、日英同盟のこともあり大英帝国の銀行に戦時国債を買ってもらって戦費とすべく、後に首相になる、また首相になった後にも大蔵大臣に何度も就任し、最後は二・二六事件で暗殺されてしまう高橋是清なんかがイギリスで走り回っていたらしい。しかし、当時のイギリスは第 2 次ボーア戦争が終わったところで、望んだ通りには資金提供はしてくれなかったようだ。

 日露戦争の総司令官は大山巌、総参謀長は児玉源太郎だったが、この二人は戦費の苦しいこともわかっており、いかにして戦争を終わらせるかを考えている。奉天会戦で日本が勝利したときも、総参謀長の児玉は東京へ戻って、政府に講和を結ぶよう説いて回っている。もっと前進を、ではなく、いかに戦争を終わらせるか。本当は政治家がしなければならないことだとは思うが、日露戦争時代にはまだ大山や児玉のような軍人がいたので、勝ち戦に乗っかってイケイケどんどんで国を亡ぼすことは無かったのだろう。米国のルーズベルト大統領を仲介に講和を結ぶべく、外務大臣小村寿太郎が動き、戦争は終結する。日露戦争終結ポーツマス条約に導いて仲介したということで、ルーズベルトノーベル平和賞を貰っているのは、なんだかなとは思うが。

 

 翻って、現代はどうだろうか。戦争遂行のために他国に武器を無心する。頼られた国も講和の仲介を買って出るのでなく、次々武器を供与する。不幸にも始まってしまった戦争を、どうやったら終わらせられるかの知恵を絞っているのだろうか。

 

 戦いの奴隷になり下がる者ばかりだ。

144.ブラックホールと宇宙の終焉?

 ひと昔もふた昔も前。宇宙空間に、わらわらと沢山ブラックホールなんぞあるとは思わず、だからブラックホール同士の衝突なんて極めてまれで、考える意味があるのかと思っていた。

 

 ところが。

 

 2つのブラックホールが連星系になっている場合があり、こういった時にはお互いの重力で2つのブラックホールが“衝突”し、合体することがある。

 実際、2015年9月に太陽質量の36倍と29倍の2つのブラックホール同士が衝突・合体し、太陽質量の62倍のブラックホールが新たに形成された。その際に、差額の太陽質量の3倍の質量が重力波のエネルギーとなって重力波が生じ、それが直接観測された。この業績が2017年のノーベル物理学賞に繋がった。

 

 重力場が強くなると、そこからは光も出て来られなくなる。これが“ブラックホール”だ。“天体”としてのブラックホールの大きさは知らないが、そこより内側からは光さえも出て来なくなる面が存在する。事象の地平面と言われている。質量Mのブラックホールの事象の地平面、それより内部からは光さえも出て来なくなる半径は、ブラックホール電荷を持たず、回転もしていない時には

 

    R = 2GM / c2    ・・・(1)

 

となる。これを、シュバルツシルト半径と呼ぶ。ブラックホールを特長付ける量は、質量、電荷角運動量だけなので、電荷を持たず回転しない場合には、質量のみで特徴づけられる。重力場により形成されるので万有引力定数 G が関与し、一般相対論的な概念なので、光速 c が関与するはずだ。こうして、半径 R [m] を与えるために使える量は、質量 M [kg]、万有引力定数 G [m/ kg・s2]、光速 c [m / s] なので、これらを組み合わせて長さ[m]の次元を持った量を作るには GM / c2 しかない。次元を[・・] で表すと

 

    [ GM / c2 ] = [ ( m/ kg・s2 ) kg / ( m / s )2 ] = [ m ]

 

となっていることがわかる。係数2は一般相対論を使って計算しないといけないが、相対論を考慮しないニュートン重力からも、間違った考え方ではあるが、たまたま係数2が得られる。すなわち、質量 M、半径 R の天体表面から質量 m の物体が外向きに離れられるためには、物体のエネルギーが正でないといけないので

 

    E = ( 1 / 2 ) m v2 - GMm / R > 0    ・・・(2)

 

が必要だ。逆に、表面から逃れられないためには

 

    E = ( 1 / 2 ) m v2 - GMm / R ≦ 0    ・・・(3)

 

となる。こうして、

 

    R ≦ 2GM / v2              ・・・(4)

 

という条件を満たしていれば、速度 v を持った物体は、この天体の重力圏から逃れられないというわけだ。物体の速さの最高値は光速 c なので、この式で v = c とすれば、光さえも脱出できない星の半径と質量の関係が得られるというわけだ。等号にして

 

    R = 2GM / c2               ・・・(5)

 

これはシュバルツシルト半径と一致している。

 

 さて、第143回で、星間ガスからの恒星の形成をみた。エントロピー増大の法則に反することなく、ガスから秩序だった星が生まれることが可能だった。そうであれば、宇宙はいつまでも恒星を形成し、安泰なのだろうか。

 

 どうも違うようだ。いくつかの可能性が考えられるが、ここでは、現在、宇宙の膨張速度が加速しているという事実を基に、いつまでも宇宙は膨張していると考えておこう。ただし、膨張が速すぎて、すべての物質がばらばらに壊れることは無いとしておこう。

 恒星は生まれた後、いくつかのパターンで最期を迎える。太陽質量の 8 倍以下程度の星であれば、中心部の核融合が終わるとそれ以上核燃焼せず、電子のパウリ効果で重力を支える星になる。白色矮星だ。連星系を作っていない限り、白色矮星はその後、静かにたたずんでいるだろう。太陽質量の 8 倍以上の星であれば、核融合の最後、鉄まで生成した後はもう核融合できなくなり、超新星爆発を起こす。太陽質量の 8 倍から 30 倍程度までの質量の星であれば、超新星爆発の後に中性子星を残す。30 倍以上であればブラックホールを残すことになる。

 太陽質量より小さい場合、例えば太陽質量の 0.8 倍以下であれば、最初から赤色矮星となってゆっくり核融合が進行し、最後にはやはり白色矮星になるであろう。

 こう見てくると、星間ガスを使って恒星を作っていくが、やがて、白色矮星中性子星などが残されて、宇宙に蓄積されていくようだ。

 

 さて。

 

 白色矮星などがどんどん増えてきて、時間が経てば星間ガスが少なくなり、恒星は生まれなくなるだろう。こうして銀河中心を回り続けることになる。銀河中心には大質量のブラックホールがあるので、互いの重力相互作用により、死する星たちは微弱ながらも重力波を放出し、やがて銀河中心のブラックホールに落ちていく。こうなると、宇宙は巨大なブラックホールだらけになるだろう。

 

 (1)式から、ブラックホールの半径は、ブラックホールの質量に比例するので、ブラックホールの質量密度ρは、ブラックホールの質量Mを、ブラックホールの“体積” (4/3)πR3 で割って

 

     ρ= M / ( (4/3)πR3 ) 

      = M / ( (4/3)π( 2G / c2 )3 M3 )

      = ( 3 c6 / ( 32πG3 ))×( 1 / M2 )      ・・・(6)

 

と、密度はブラックホールの質量の2乗に反比例して小さくなることがわかる。光速 c や万有引力定数 G の数値を入れると

 

     ρ≒ 7.3 ×1079 [kg3 / m3 ] × ( 1 / M2 )      ・・・(7)

 

が得られる。M がどんどん大きくなると、ブラックホールの密度はなんと 0 に近づく。

 例えば、ブラックホールが撮影された、といってもブラックホールが作る影、ブラックホールシャドウが撮影されたのであるが、そのブラックホールは M87 という楕円銀河中心にあり、ブラックホール質量は太陽質量の 65 億倍だそうだ。太陽質量は 2×1030 kg なので、(7)式に入れると

 

     

     ρ≒ 7.3 ×1079 [kg3 / m3 ] ×( 1 / (6.5×109 ×( 2×1030 ))2 )      

      = 1.7 kg / m3

 

となる。水の密度はおよそ 1000 kg / m3。もし、ブラックホールが次々と周りの星を飲み込んで成長して行くと、益々密度は薄くても良いので周りの物質を飲み込んでいく。こうして、宇宙は巨大ブラックホールのみとなっていくかもしれない。

 

 さらに。

 

 ブラックホールは放射を出して蒸発していく。ホーキング輻射と呼ばれる現象だ。ブラックホールはホーキング温度と呼ばれる温度を持っており、それは

 

     TH =  ℏc3 / ( 8πGMkB )        ・・・(8)

 

となる。ここで、ℏ はプランク定数を 2π で割ったディラック定数と呼ばれるもの、kB は熱の話で出てくるボルツマン定数

 ブラックホールが温度を持っていれば、第 80 回で見たように、シュテファン・ボルツマンの法則にしたがい、熱放射を行う。第 80 回(10)式で、h を 2π で割った ℏ を使い、ボルツマン定数 k を kB と書き直すと、単位時間・単位面積当たり、温度 TH ブラックホールからは

 

     P = (π2 / (60 ℏc2 ) )×( kB TH )4      ・・・(9)

 

のエネルギーを放射しているはずだ。“単位時間当たり”なので、これはブラックホールのエネルギー U の減少 dU / dt を表しており、また、“単位面積当たり”だったので、ブラックホール“表面”から放射されるエネルギーは、ブラックホールの全表面から来るので、ブラックホールの表面積 S=4πR2 を掛て、微分方程式として

 

     dU / dt =  S (π2 / (60 ℏc2 ) )×( kB TH )4    ・・・(10)

 

が得られる。このエネルギーはブラックホールの質量の減少で賄われているはずなので、

  

     dU / dt = -d(Mc2 ) / dt           ・・・(11)

 

のはずなので、(11)に(10)を使って、ブラックホールの半径(5)と S=4πR2 、それとホーキング温度(8)を代入すると

 

     dM / dt =-( 1 / c2 )× (π3 4G2M2 / (15 ℏc6 ) )×( ℏc3 / ( 8πGM )4  

         = -1 / (15×210 ×π)×ℏ c4 / (G2 M2 )     ・・・(12)

 

という微分方程式が得られる。ここで、プランク時間 tplプランク質量 mpl

 

     tpl = √(ℏG / c5 ) = 5.39×1044  s

     mpl = √( ℏc / G ) = 2.18×108  kg

 

として定義しておくと、(12)は簡潔に

 

     dM / dt =-1 / (15×210 ×π)× ( mpl3 / tpl )×( 1 / M2 )    ・・・(13)

 

となり、容易に積分できて、時刻 t=0 でのブラックホールの質量を M(0) として、時刻 t でのブラックホールの質量 M(t) は

 

     M(t)3 = M(0)3 -mpl3 / (15 × 210 ×π) × ( t / tpl )     ・・・(14)

 

と得られる。こうして、

 

     t = 15 × 210 ×π × ( M(0)3 / mpl3 )× tpl 

 

の時間が経てば、ブラックホールは質量を 0、すなわち蒸発して熱として放出されて消えてしまうことになる。

 

 こうなると、宇宙に残されていた大質量ブラックホールも消滅し、宇宙は輻射熱のみの終焉を迎えるだろう。

 

 でも、すべての恒星が燃え尽きて、重力波を放出して銀河中心のブラックホールに飲み込まれ、さらに大質量ブラックホールが蒸発するまでには気の遠くなる時間が必要だ。現在の宇宙年齢は 138 億年、およそ 1010 年だが、殆どの恒星がブラックホールに飲み込まれるのは現在の宇宙年齢の 1020 倍の時間が必要だそうだ。さらに大質量ブラックホールが蒸発する時間は、たとえば太陽質量の 65 億倍の質量を持った M87 の銀河中心のブラックホールで、上の式に数値を入れてみると、さらに現在の宇宙年齢の 1070 倍待たなければならないことがわかる。

 心配無さそうだ。

 

 それより、太陽はあと 50 億年程度で中心の水素原子核核融合が弱くなり、赤色巨星になって、おそらく金星を飲み込むほど大きくなっているだろう。地球もどうなっているかわからない。

 そんなことより、私たちの天の川銀河は、そばにあるアンドロメダ銀河と 40億年後くらいに衝突・合体する。といっても、恒星同士が衝突するほどには星は密にないだろうから、40 億年後近くに来ると、全天にアンドロメダ銀河が見られるだろう。

 是非長生きして、見てみたいものだ。赤色巨星になった太陽に飲み込まれていなければ。

143.星の形成~ビリアル定理、再び

 第141回で、「ビリアル定理」を使った2題噺を記した。

 その一つ目は、星の重力崩壊。

 

 この重力崩壊の議論を、今度は星間ガスが重力で集まってきて恒星を形成する過程へと読み替えて考えてみよう。

 

 粒子は無限遠方まで行かず、かつ位置エネルギー V(r1, r2,・・・, rN) が座標の k 次の同次関数、すなわち

 

     Σa=1 N  ra・∂V/∂ra = k V    ・・・(1)

 

であるとき、「ビリアル定理」とよばれる定理が成り立つことをみた。運動エネルギー K = Σa=1 N  (1 / 2) ma va2 の長時間平均 K と、位置エネルギー V の長時間平均 V の間には

 

     2 K = k V          ・・・(2)

 

の関係があった。

 

 力が万有引力、すなわち重力の場合には、位置エネルギー

 

     V(r) = -GMm / r       ・・・(3)

 

であるので、k = -1になる。こうして、ビリアル定理(2)から

 

     2 K = -V = GMm ( 1 / r )     ・・・(4)

       = Ω

 

となるのであった。ここで、便宜の為、再び Ω を定義している。

 

 星が形成されるためには、宇宙空間に水素原子核などの星間ガスが必要だ。何らかの原因で星間ガスの密度が揺らぎ、密度の高い場所ができたら、そこでは周りより物質が多いので、他のガスを周りより強い重力で、より引き付ける。そうすると、ますます密度の高い、物質が集まった状況が生まれる。こうして、星間ガスが集まってきて原始星となっていく。星形成前の星間物質のエネルギー E は、便宜上、長時間平均をとったと考えて

 

     E= K + V = Ω / 2-Ω = -Ω / 2    ・・・(5)

 

である。やがて、互いの万有引力のために星間ガスが球状に集まってきて、半径 r の球状になったとしよう。はじめ、星間ガスは茫漠としていたが、やがて集まってきて、今、半径 r の球状に分布している。さらに重力で収縮していき、この半径 r が縮んでいったとする。初めは図(a)のように、位置エネルギーΩ 下がって運動エネルギーで  Ω / 2 だけあがるので、星間ガスのエネルギーは-Ω / 2である。ここで、球状に集まってきた星間ガスが収縮し、半径rが小さくなると(4)から Ω が大きくなることがわかる。そうすると集まってきた星間ガスのエネルギーは、図(b)のように、Ω が大きくなったために低くなる。そうすることで、図のように収縮後と収縮前のエネルギー差の分だけ重力エネルギーが解放される。第141回と同じだ。

 

 

 星間ガスを構成する物質の運動エネルギー K も、Ω の増加に伴って増加していることは(4)からわかる。星の重力崩壊を議論した 141 回を読み替えただけだ。第 10 回で述べて、141 回で用いたのと同じく、乱雑な運動をしている物質の運動エネルギーの平均は気体分子運動論から知られているように温度と捉えられるので、運動エネルギーの平均は、絶対温度 T と

 

     K = ( 1 / 2 ) m v2  = ( 3 / 2 ) kB T    ・・・(6)

 

の関係があった。ここで、kB = 1.38×1023  [J/K] はボルツマン定数である。したがって、星間ガスが重力で集まってきて収縮していくと、K も増加し、星間ガス雲の温度も上昇することがわかる。どんどん星間ガスが収縮して原始星になっていくが、重力で収縮していくので原始星はどんどん熱せられる。

 こうして、星の重力崩壊の時と同様に、星間ガスが重力で収縮していき原始星が誕生する際には、星間ガスの重力エネルギーが解放され、ガスは外部にエネルギーを放出しながら、ガス自身の温度をも上昇させることがわかる。

 原始星は温度を上げていき、やがて星の内部で熱核融合を始める。こうなると、核融合で得られるエネルギー・圧力によって、重力と核融合からの圧力が釣り合い、重力による星の収縮が止まる。恒星の誕生だ。

 

 しかし不思議だ。一様に、乱雑に漂っていた星間ガスが、密度の揺らぎがあったとはいえ一つ所に集まってきて星を形成する。乱雑なガスから秩序だった恒星へ。

 

 第 27 回でエントロピーの話を記した。エントロピー変化 ΔS は、熱力学では

 

      ΔS = Q / T      ・・・(7)

 

であった。ここで、Q は移動した熱量(熱エネルギー)、T はそこでの絶対温度。ただし、ここではエントロピー変化を考えていて、エントロピー自身の絶対値を考える際には絶対零度エントロピーは0であるという制限を課す必要がある。

 一方、ミクロな構成物から熱力学を理解する統計力学では、エントロピー

 

     S = kB ln W       ・・・(8)

 

と書けた。W はミクロな状態が取り得る状態の個数、kB は(6)でも出てきたボルツマン定数。非常に秩序だっていて、取り得る状態が一つしかなければ、W = 1 なので、エントロピーは 0 になる。絶対零度の状況だ。

 第 27 回では一見だいぶん異なる(7)と(8)が同じことを表すのを見た。

 

 では、星間ガス中の一つの粒子が取り得る状態の個数を考えてみよう。まず、「どの場所」に居るかで状態は異なるので、半径 r の球状にガスが分布していれば、半径 r の球内のどこかにいるはずで、取り得る状態数は半径 r の体積に比例しているはずだ。つまり (4/3)πr3 に比例している。一方、粒子が異なる速度を持っていれば、速度に対応して異なる状態なので、状態数は取り得る速度の個数に比例しているはずだ。平均の速さを上の棒なしで v と書いておくと、平均 v を中心に対称に速度が分布していれば 0 から2v までのどれかの速度になろう。まぁ、係数2なんか無視して、おおざっぱに言って速度の大きさが 0 から v までのどこかの速度になっているはずで、それを x、y、z 方向にわけているので、取り得る状態の個数は半径 v の「速度空間の体積」に比例しているはずだ。こうして、粒子の取り得る速度の状態数は、(4 / 3) πv3 に比例している。こうして、一つの粒子が取り得る状態数は、位置と速度を合わせて

 

      W ∝ r3 v3      ・・・(9)

 

になる。ここで、∝ は「比例する」という記号で、(4/3)π とかは数係数なので無視した。

 ビリアル定理を使おう。r も v も長時間平均とする。運動エネルギーは

 

     K = (1 / 2) m v2      ・・・(10)

 

だが、ビリアル定理(4)から

 

     v2 = GM / r        ・・・(11)

 

となるので、

 

     v = √(GM/r) ∝ 1 / √r     ・・・(12)

 

になる。こうして、状態数(9)は

 

     W ∝ r3 / (√r )3 = ( √r )3

 

となるので、エントロピー S は、1 粒子当たり S ∝ kB ln  ( √r )3 のような r への依存関係が得られる。N 粒子あれば

 

     S ∝ N kB ln ( √r )3  = ( 3 / 2 ) N kB ln r    ・・・(13)

 

となるので、r の対数に比例している。

 ということは、星間ガスが収縮して星を形成していけば r が小さくなっていくので、エントロピー S も小さくなっていくということだ。

 

 やはり、星形成は、無秩序な星間ガスから秩序だった星へ、エントロピーが減少していく過程であった。

 

 自然はエントロピーが増大していく方向に進むという、エントロピー増大の法則に反しているのか?

 そんなことはなく、秩序を持った星を自然に作り出すのが自然界のすごいところだ。星形成では重力場のエネルギーが解放されて、星自身を温めるだけでなく、エネルギーを外へ放出していた。図にあったとおりだ。このエネルギーの放出分 Q により、温度 T の外界、つまり宇宙空間にエントロピーを放出しているわけだ。宇宙空間に熱を放出することによるエントロピーの増大 ΔS は ΔS = Q / T だ。このエントロピー増大が、星形成のエントロピー減少を上回り、結果的にエントロピー増大の法則に従っている過程となっている。

 

 さて、もし、重力、すなわち万有引力の法則が、2物体間の距離の2乗に反比例する力ではなく、例えば距離の3乗に反比例していたらどうなっていたかを想像してみるのも、頭の体操には良かろう。距離の3乗に反比例する力Fの時には、その位置エネルギーV’ は 2 物体間の距離の2乗に反比例することになる。力の大きさを F’ とすれば、つまり

 

     V’(r) = -GMm / ( 2 r2 )    

     F’ = |-dV(r) / dr | = GMm / r3    ・・・(14)

 

このとき、(1)、(2)式では k = -2 になるので、ビリアル定理(4)は

 

      K = -V’ = GMm ( 1 /(2 r2 ))     ・・・(15)

      = Ω

 

となる。エネルギーは

 

     E= K + V’ = Ω’ -Ω’ = 0    ・・・(16)

 

となり、ガスの半径 r に依らず一定値をとってしまう。こうなれば、重力で星間ガスが収縮しても全体のエネルギーは変わらず、外部にエネルギーを熱として放出できない。先の図で、K = Ω’ として、図の ΩΩ’ に読みかえてみればわかる。また、(15)から星間ガスの原子の速さ v は、K=(1/2)mv2 から

 

     v = (√(GM)) / r

 

と r に反比例するので、もし、星間ガスが収縮して原始星ができたとして、そのエントロピー W’ は(9)から、

 

     W’ ∝ r3 v3 = r3 ( 1 / r )3 = ( r に依らず一定)

 

となって、エントロピーは変化しない。また、外部に熱エネルギーを放出しないので、エントロピー変 化ΔS = Q / T から外部へ放出するエネルギー Q が Q = 0 なので、エントロピーは増大しない。したがって、全体としてエントロピーは増大しないので、自然な過程としては起きない。つまり、もし万有引力が2物体間の距離の2乗に反比例せず、距離の3乗以上に反比例して急速に減衰する力であれば、恒星は自然には形成されないということになる。

 

 距離の2乗に反比例した引力である重力は、なかなかに不思議だ。エントロピー増大の法則、すなわち熱力学第 2 法則に従いながら、恒星という、局所的に見たら極めて秩序だった実体を自発的に作っていく。

142.2023年

 2023という数は素数ではない。わかりにくいが、

 

     2023 = 7×17×17

 

と、因数分解できてしまう。

 2000以降の素数は、2003、2011,2017ときて、次は2027、その次が2029となる。2023年は素数年では無いが、次の素数年は2027年、次いで2029年。2027年と2029年は、その差が2の双子素数年になる。6n-1と6n+1 で、n=338の場合。

 

 第88回にあるように、『自然数素因数分解したときに、4 の倍数+3の素数が現れた時には、その素数がすべて偶数乗されているときに限り、2 つの自然数の 2 乗の和で書ける』というのがあった。2023の素因数には、7=4+3 という数が一つ入っているので、2023の2乗には7、すなわち「4の倍数+3」の素数が2乗、つまり偶数乗されるので、「2つの自然数の2乗の和で書ける」はずだ。つまり、ピタゴラス数になっているはず。

 2023の素因数17もピタゴラス数で、

 

    82 + 152 = 172     ・・・(1)

 

だ。2023 = 7 × 172 だから

 

    20232 = 7×17 ×7 ×172    ・・・(2)

 

なので、(1)の右辺に、72 × 172 を掛けると(2)の右辺、つまり20232 になる。ということで、(1)の両辺に72 × 172 を掛けると

 

    72 × 172×82 + 72 × 172 × 152 = 72 × 172 × 172    

 

つまり、

 

    952 + 1785 = 20232

 

と、晴れて、三平方の定理を満たすピタゴラス数であることが分かった。

 

141.ビリアル定理、2題

 力学を学ぶと、「ビリアル定理」なるものが出てくる。

 

 学部生時代に勉強していたときには、一体何の役に立つのか、良く判らないままだった。

 

 大学院に進学して、理論宇宙物理学者の佐藤文隆先生の「天体核物理学」かなにかの講義を取っていた時に、確か星の重力崩壊のところで、ビリアル定理を使った説明があり、感銘を受けた。

 就職してすぐ、quadruple island の素粒子論グループのセミナー、確か阿波の国で行われたと思うが、これまた理論宇宙物理学者の須藤靖先生の講義の中で、確か暗黒物質の発見の文脈だったと記憶しているが、またビリアル定理が出てきた。

 

 自分の学部生時代のようにならないよう、ビリアル定理の応用を、自分が 20 代の頃に文隆先生、須藤先生から学んだ例を挙げて、解析力学の授業の中で、「ビリアル定理」を取り上げている。

 

 統計力学では「ビリアル展開」なるものが出てくるので、ややこしいが、今回は力学での「ビリアル定理」。

 

 ビリアル、virial というのはラテン語起源で、ラテン語の「virium」、つまり「力」がもとになっている。

 考えているシステムのなかで、粒子の運動が無限遠方まで行かず、かつ位置エネルギー、V(r1, r2,・・・, rN) が座標の k 次の同次関数、すなわち

 

      Σa=1 N  ra・∂V / ∂ra = k V    ・・・(1)

 

であるとき、「ビリアル定理」とよばれる定理が成り立つことをみておこう。

 

 今、運動エネルギー K = Σa=1 N  (1 / 2) ma va2 を速度 va微分すると、

 

      Σa=1 N  va・∂K / ∂va = 2 K     ・・・(2)

 

となることは、まぁ判る。∂K / ∂va = ma va だから。運動エネルギーは速度の 2 次の同時函数だ。左辺は運動量 pa の定義 pa = ma va から

 

      Σa va ・∂K / ∂va = Σa vapa

     = d /dt (Σrapa )-Σra ・( d pa / dt )    ・・・(3)

 

と変形できる。速度は位置の変化率だから、va = dra / dt。こうして、(2)と(3)から

 

      2K = d /dt (Σrapa )-Σra ・( d pa / dt )   ・・・(4)

 

が得られる。ここで、長時間平均をとると、上の式の右辺第 1 項は粒子が無限遠方まで行かないのと、運動量が有限値であることから、実は零となる。実際、量 A の長時間平均を A と表わすことにすると、時間 τ を無限大にして長時間平均をとるので、長時間平均の定義から、値が無限大にならないある関数 F の時間に関する導関数 dF / dt の長時間平均は

 

     dF/dt = limτ ( 1 / τ) ∫0 dF / dt = limτ→∞ ( F(τ)―F(0) ) / τ = 0  ・・(5)

 

となる。ここで、F(τ) は有限値しかとらないことを考慮した。こうして、時間の完全微分の長時間平均は零になり、(4)の右辺第 1 項が 0 になることが言えた。また、ニュートン運動方程式

 

     dpa / dt = -∂V / ∂ra      ・・・(6)

 

より、(4)式で運動量の時間微分位置エネルギー V の座標微分に負号を付けたものであることを用いて、さらに長時間平均をとると、V が ra に関してk次の同時関数、すなわち(1)として

 

     2 K = Σra・∂V / ∂ra = k V    ・・・(7)

 

が得られる。これを“ビリアル定理”と呼ぶ。

 

 

 

 さて、ここからビリアル定理の応用例。まずは、佐藤文隆先生に習ったもの。

 

 恒星の重力崩壊を考えてみよう。

 恒星は、核融合をしなくなったら自身の重力で縮んでゆき、いわゆる``重力崩壊"を起こす。今、M は考えている星の内部の質量で、m は星を構成する物質の質量と考えれば、重力の位置エネルギー

 

      V(r) = -GMm / r    ・・・(8)

 

であるので、k =-1 になる。こうして、ビリアル定理(7)から

 

      2 K = -V = GMm ( 1 / r )     ・・・(9)

        = Ω

 

である。また便宜の為、Ωを定義した。

 

 崩壊前の星を構成する物質のエネルギー E は、便宜上、長時間平均をとったと考えて

 

      E = K + V = Ω / 2-Ω = -Ω / 2    ・・・(10)

 

である。恒星が重力崩壊し、星の質量はそのままで半径 r が縮んでいったとする。初めは図(a)のように、位置エネルギーΩ 下がって運動エネルギーで Ω / 2 だけあがるので、星のエネルギーは-Ω / 2である。ここで、星が収縮し、半径 r が小さくなると(9)から Ω が大きくなることがわかる。結果的に星のエネルギーは、図(b)のように、Ω が大きくなったために低くなる。そうすることで、図のように収縮後と収縮前のエネルギー差の分だけ重力エネルギーが解放される。

 

 

 一方、星を構成する物質の運動エネルギー K も、Ω の増加に伴って増加していることは(9)からわかる。乱雑な運動をしている物質の運動エネルギーの平均は、気体分子運動論から知られているように温度と捉えられる。第10回を参照。こうして、運動エネルギーの平均は、絶対温度 T と

     

      K = ( 1 / 2 ) m v2  = ( 3 / 2 ) kB T    ・・・(11)

 

の関係がある。ここで、kB = 1.38×1023 [J/K] はボルツマン定数である。したがって、星が重力崩壊で収縮していくと、K も増加し、星の温度が上昇することがわかる。

 星が重力崩壊する際には、星の重力エネルギーが解放され、星は外部にエネルギーを放出しながら、星自身の温度を上昇させることが言えた。

 

 もちろん、恒星形成の際にも使える。星間ガスが互いの重力で集まってくる。ガスが収縮を始めると、星間ガスたちの重力エネルギーが、星の収縮の場合と同様に解放され、一部は外へ放出するが、一部は星間ガスを温めることになる。どんどん星間ガスが収縮して原始星になっていくが、重力で収縮していくので原始星はどんどん熱せられ、やがて核融合を始め、恒星になる。

 

 簡単な「ビリアル定理」だけ使って、こんなことが言えるとは、すごいものだと、大学院生時代に感激していた。

 

 

 

 今度は、須藤先生から教わった話。

 

 どこかの銀河を観測する。望遠鏡で観測すると、輝いているところが判る。銀河の中心から外へ向かっていくと、何処かで銀河の恒星集団は終わり、大まかな銀河の大きさ、銀河の半径Rがわかる。

 

 銀河内では密度が一様だと近似してしまおう。銀河の質量をとりあえず M としておくと、質量密度 ρ は

 

      ρ= M / ( (4/3)πR3 ) = (3M) / ( 4πR3)     ・・・(12)

 

と書ける。こうして、銀河の中心から半径 r までにある質量 M(r) は

 

      M(r) = (4 / 3 )πr3 ρ= Mr3 /  R3      ・・・(13)

 

と得られる。銀河内で半径 r の位置にある質量 m 星の重力エネルギーは、上式から

 

      V = -GM(r)m / r = -GMm( r2 / R3 )      ・・・(14)

 

となり、中心からの距離 r の2乗に比例する。

 

 重力崩壊のところで見たように、重力は k = -1 次の同時函数なので、(7)から

 

      2 K = -V     ・・・(15)

 

なので、運動エネルギー、位置エネルギーを代入して

 

      2×( 1 / 2 )m v2 = GMm( r2 / R3 )    ・・・(16)

 

となる。よって、星の速度の平均 √( v2 ) は

 

 

      √( v2 ) = √(GM / R3 ) ×√( r2 )     ・・・(17)

 

のように、大まかに銀河の中心からの星の位置 r に比例して、増大する。

 

 一方、銀河の外にある星では、星が感じる重力は銀河の質量 M そのものなので、M は距離 r に依存せず、重力エネルギーは

 

      V = - G( Mm ) / r      ・・・(18)

 

なので、ビリアル定理(15)から

 

      2×( 1 / 2 )m v2 = GMm( 1 / r )    ・・・(19)

 

となるので、先程と同様の計算で、星の平均の速さは

 

      √( v2 ) = √(GM ) ×√( 1 / r )     ・・・(20)

 

のように、√1 / r で遅くなっていく。

 

 さて、実際の観測だ。星の速さの``長時間平均"を観測で求めるには研究人生は短い。そこで、色々な“時間”経過を経験している星がたくさんあるのだから、一つの星の“長時間平均”を取る代わりに、多数の星の、ある時刻での“統計平均”を取り、長時間平均を統計平均で代用しても、そう悪くなかろう。

 そこで、実際に、望遠鏡で見えている銀河の外にある星の速度の統計平均を観測で求めてみると、銀河の中心からの距離 r に対して、星の速度がビリアル定理の教えてくれる √(1/r) で遅くなっていかず、ほぼ一定だったそうだ。ということは、銀河の外にも、私たちからは見えない質量が分布しているということになる。これが、暗黒物質の“発見”だ。決定的な観測と解釈はヴェラ・ルービンによりなされた。

 

 では、ついでだ。

 

 ビリアル定理を用いて、星が生まれる前に見られる、物質(ガス)の密度が他より高くなった星間雲の質量を求める方法を考えてみよう。ガスは密度が一様かつ球状に分布しているとする。この球の半径を R とし、ガスの総質量を M とし、これを求めたい。

 先程と同じく、密度が一様なので、ガスの密度を ρ とすると

 

      ρ= M / ( (4/3)πR3) = ( 3M ) / ( 4πR3 )     ・・・(21)

 

だ。各点でのガスの運動エネルギーは、その位置でのガスの速度をvとして、( 1 / 2 )ρv2であるが、星間雲は全体として速度 vd で動いているとすると、重心運動の運動エネルギーを除き、各点でのガスの速度を積分して、全体の運動エネルギー K は

 

      K = ∫d3r (1/2) ρ ( v - vd)2 =  (1/2) ρ ∫d3r ( v - vd)2

       =(1/2)ρV×( 1 / V  ∫d3r ( v - vd)2            ・・・(22)

 

と表される。ただし、V = ( 4 / 3 )πR3 は星間雲の体積である。位置エネルギーと同じ文字になってしまったので、注意注意。ここで、

 

      σ2 = ( 1 / V ) ∫d3r ( v - vd)2       ・・・(23)

 

は、各点でのガスの速度の 2 乗平均であり、速度の“分散”である。また、ρV=M である。ここで、“速度の分散” σ2 が、ガスの速度の2乗の“長時間平均”と等しいと仮定しよう。すなわち、今、τ を時間変数として、

 

      σ2 = ( 1 / V ) ∫d3r ( v - vd)2

       → limτ( 1 / τ) ∫0∞ dτ ( v - vd)2  = σ2     ・・・(24)

 

と、σ2 を長時間平均 σ2と同一視する。こうして、運動エネルギーの長時間平均 K を、求めたい全質量 M と、ガスの速度の 2 乗の長時間平均の代わりにガスの速度の 2 乗平均(速度分散)σ を用いて表すことができ、(22)から

 

      K = ( 1 / 2 )Mσ2      ・・・(25)

 

と、ガスの速度分散 σ を用いて書ける。

 

 次に重力の位置エネルギーを考えよう。星間雲の中心から距離 r のところにあるガスの位置エネルギー V(r) は先程の体積 V と混同しないようにして、万有引力定数を G、半径 r までの星間雲の質量を M(r) と書いて

 

      V(r) = -G (ρM(r) ) / r    ・・・(26)

 

である。ここで、

 

      M(r) = ( 4 / 3 ) πr3 ρ= M r3 / R3     ・・・(27)

 

だった。全体の重力による位置エネルギー V は、ガスの中心から半径 R まで体積積分して

 

      V =  ∫d3r  V(r) = ∫0R 4πr2 V(r) dr    ・・・(28)

 

で得られる。積分を実行すると、V

 

      V = -( 3 / 5 )×GM2 / R         ・・・(29)

 

となる。

 

 (29)の V は長時間平均をとっても変わらないので、長時間平均をとった位置エネルギーと見做そう。これで3回目だが、重力場の下ではビリアル定理から

 

      2 K = -V        ・・・・(30)

 

だったので、今考えている星間雲の全質量 M を、星間雲の半径 R、ガスの速度分散 σ、万有引力定数 G を用いて

 

      2×( 1 / 2 )Mσ2 = ( 3 / 5 ) GM2 / R

 

すなわち

 

      M = ( 5Rσ2 ) / ( 3G )       ・・・(31)

 

と得られる。

 

 この同じ方法で銀河の質量を推計するには、銀河の大きさ(半径)を R とし、銀河の中の星々の速度分散 σ を観測で求めることになろう。また、星は一様に分布していないので、位置エネルギーは解析的に得られないだろうが、次元解析から GM2 / R に比例するはずなので、(31)の中の係数 3 / 5 の代わりに 1 / κ と置き換えれば、銀河の質量が M = κRσ2 / G の形で得られるはずだ。ここで、一様分布のときは 5/3=1.666・・・だったから、κ は 2 程度の数係数である。銀河団なら、“星々”を“銀河団中の各銀河”、“星々の速度分散”を“銀河たちの速度分散”に置き換えてみよう。

 

 

 

 

140.ランジャタイ

 2021年の漫才の大会「M1グランプリ」で、最終決戦に残った漫才コンビモグライダーやランジャタイを、最近地上波テレビでよく見かける。M1グランプリ最終決戦登場までは全く知らなかったコンビ達だ。

 ランジャタイ、もちろんコンビ名は、奈良の正倉院御物の香木、「蘭奢待」から採っているのだろう。黄熟香(おうじゅくこう)という香木で、別名「蘭奢待」。蘭奢待の文字の中に「東大寺」が入っている。

 香をたくと、どんな香りがするのだろう。蘭奢待を切り取ったのは、足利義満織田信長明治天皇、それと足利義教足利義政だそうだ。義教は後土御門天皇、信長は正親町天皇に献上しているので、香りを知っているのはこれで7人。実際にはもっといるのだろうが。

 大学、大学院時代の9年間、京都に暮らしていたので、たまにお香を買ってきて、下宿で焚いたこともある。香と言っても、短い線香状のもので、それを立てるガラスの皿と併せても庶民向けの安いものだった。

 

 安い香とはいえ、どれを焚いても、大学生には香りは判別できぬ。

 

 「源氏香」という遊びがある。5種の香木を5つずつ、計25用意し、その中から無作為に5つとる。それぞれを焚いていき、等しい香、単独の香と聞き分けていく“嗅ぐ”のではなく、“聞く”のだそうだ)。このとき、第1番目の香、第2番目の香、・・・、第5番目の香を右から縦棒で書き、等しい香を横棒で結んで図を描く。Wikipedia から引用すると、こんな感じ。

 

 

 

 何通りあるか?

 

 まず、どの香も違う場合、下図の①。5本の縦棒、どれも結ばないので、これは1通り。組み合わせの言葉で書けば、5本のうちからどの2つもとらないので、2項係数で書けば

 

     5C0 =  5 ! / ( 5 ! 0 ! ) = 1

 

      

 

 2つの香が同じで、残り3つはどれも違う場合。上図の②。第1の香と2が同じ時、あるいは1と3が同じ時、あるいは1と4が同じ時、あるいは1と5が同じ時、あわせて4通り。次に2と3が同じ時、2と4が同じ時、2と5が同じ時の3通り。次いで3と4が同じ時、3と5が同じ時の2通り、最後に4と5が同じときの1通り。全部で、4+3+2+1=10通りだ。これは、5本のうちから2本を選ぶ組み合わせの数だから、2項係数を使って

 

    5C2 = 5 ! / ((5-2) ! 2 ! = ( 5×4×3×2×1 ) / ( ( 3×2×1 )×( 2×1 ) )

      =10

 

で計算できる。

 

 2つの香が2組同じで、残り1つが違うとき。図の③。他と違うものをとる場合の数は5通りで、残り4本から2つずつ結ぶ方法はそれぞれ3通りなので、

 

     5×3 = 15 通り。

 

組み合わせの数で書けば、まず異なる香をとる場合の数5通りのうち、残り4本から2本をとる組み合わせの数になる。残った2本は必ず結ぶ。でも、「残った2本」を先に結んでいるかもしれないので、2回数えすぎたことになり2で割る必要がある。こうして、2項係数で書けば

 

   5 ×( 4C2 / 2 ) = 5 × 4 ! / ((4-2) ! 2 ! = 5×( 4×3×2×1 ) / ( ( 2×1 )×( 2×1 ) ) / 2

           =15

 

 2つが同じで、残り3つも同じ場合。図の④。5本から2本とり、残りは必ず結んでしまうので、②と同じく、2つだけとってくれば良いので

 

     5C2 = 5 ! / ((5-2) ! 2 ! = ( 5×4×3×2×1 ) / ( ( 3×2×1 )×( 2×1 ) )

      =10

 

 3つ同じで残り2つは異なる場合。図の⑤。これも、異なる2本をとってくれば残り3つは横棒で結んでしまうので、5つから異なる2つをとる組み合わせになり、先ほどと同じだ10通りだ。

 

     5C2 = 5 ! / ((5-2) ! 2 ! = ( 5×4×3×2×1 ) / ( ( 3×2×1 )×( 2×1 ) )

      =10

 

 一つだけ異なり、後の4つは同じ場合。図の⑥。これは異なる香を一つとる場合の数なので5通りだ。

 

      5C1 = 5 ! / ((5-1) ! 1 ! = ( 5×4×3×2×1 ) / ( ( 4×3×2×1 ) × 1 )

      = 5

 

 最後に、5つの香すべて同じ場合。図の⑦。これは明らかに1通りだ。

 

     5C0 =  5 ! / ( 5 ! 0 ! ) = 1

 

 

 ①から⑦まで、全部足すと、できる図のパターンは、

 

     1 + 10 + 15 + 10 + 10 + 5 + 1 = 52 通り

 

となる。

 

 これらの52パターンを、源氏物語54帖と対応させる。初めの「桐壺」と最後の「夢の浮橋」を除く52帖と対応させるのである。例えば、①の、すべての香が異なる場合は、源氏物語第2帖の「帚木(ははきぎ)」、第1香と第2香が同じで、残り3つは異なる場合は「空蝉(うつせみ)」といった具合だ。

 

 いにしえの人も場合の数を数えたのだろうか。優雅に源氏物語に対応させたものだ。

 

 源氏物語後半、宇治十帖あたりでは、光源氏女三宮の次男(実父は光源氏でないが)の薫君(かおるのきみ)と、今上帝の第3皇子の匂宮(におうのみや)とが主要登場人物になる。薫と匂、香に連想されるはずだ。

 

 源氏物語では、タイトルだけあって、本文の無い章がある。「雲隠(くもがくれ)」がそれだ。1帖としては数えていないようだが。

 

 このブログも、源氏物語に倣って、タイトルだけ書いて本文の無い章を設けてみようか。

 まっ、源氏物語と違って、どの章も、本文は有っても中身は無いが。

 

139.ボールの回転と飛距離?~単純化・理想化・簡単化~

 High intelligence な県の教育委員会は、当地の大学と連携して、小学校、中学校、高等学校の理科教育の指導力向上を図ることを目的として、「理科教員(コア・サイエンス・ティーチャー)養成・育成事業」を展開している。そこで、当地の大学の教員であることから、同僚のK先生と二人で「力学の理解(自然界の基本法則とその発現を探る)」と題して、この事業の受講を希望する現職の先生に 1 日 6 時間、授業をすることが要請された。例年、受講者が零の不人気講座なのだが、今年度は受講者が初めて現れた。

 

 喜ばしい限りである。

 

が、準備が結構大変だった。

 

 県の理科教育の中核を担う教員の養成なので、内容のレベルをどのあたりに設定すべきか。

 微分積分を駆使して、本質的理解に結びつけるがっつりした講義ノートを用意した。

 

が、直前に気が変わった。

 小学校の先生が 2 人と高校の先生が 1 人という受講生の顔ぶれから、講座開講直前に大幅に内容を変えた。相方のK先生も直前に内容を変えたそうだ。

 

 さて。

 

 2 人で分担したとはいえ、それでも3時間に渡った私の講義内容はここでは措いておく。

 

 講義が終わってから質問を受け付けた。大体出尽くしたところで、

「今、ご覧の通り、脚を怪我しているのですが、サッカーをやっていて・・・」

と仰る小学校の先生から、

「ちょっと関係ないかも知れないけど、ボールを蹴って、あと少し飛距離を伸ばしたいんだけれど、今日の講義の内容と関係して、何か方法ないですかねぇ。」

みたいな話題を提供された。あんまりサッカーボールに回転を与えすぎていると、エネルギーが回転のエネルギーにも費やされて飛距離が伸びないのでは、ということが浮かび、あまり自信は無いがそう言ってみた。高校の先生からは、ボールに運動量を与えるために力積 f Δt を加えるので、同じ力f を与えるとしても、脚とボールの接触時間Δt を増やせばそれだけ力積が大きくなるので、運動量、つまり初速v が大きくなって遠くまで飛ぶだろう、とか、結構盛り上がった。

と思う。

 

 その場では結論が出なかったので、後日考えてみた。

 最初は、運動方程式を立てて、しっかり解こうとしたが、並進の方程式と回転の方程式を立てたところで、何か拘束条件というか束縛条件というかが必要な気がして、うまく行かない。

 なんか見落としている。

 

 こういった場合は、とりあえず感触を掴むために、とにかく単純化、理想化、簡単化して、考えてみる。

 

 コア・サイエンス・ティーチャー養成授業では、ニュートン方程式を話し、エネルギーの話もして、ついでに第 120 回で備忘したベルヌイの定理も話した。それで、この 3題噺で仕上げてみよう。

 

 状況設定は下の図の通りだ。

 

         

 

 サッカーボールは右へ飛んでいる。そうすると、サッカーボールの立場に立つと、ボールの上下ともに右から左へ空気が流れている。

 サッカーボールにはバックスピンをかけて回転させよう。ボールは図のように左回りに回転しているので、ボールの上側表面は空気の流れと同じ方向、下側は反対方向にボールの表面は動いている。こうして、ベルヌイの定理で浮力が生じることを考慮したい。折角授業で話したので。

 

 まずはボールの大きさを忘れて質点として飛距離を見ておこう。話は理想化しているので、空気抵抗は無視しておく。水平方向、x 方向には重力も何も力が働かないので初速のまま動いていく。初速を v0 として、ボールを蹴り上げた角度が水平面から θ とすると、水平方向の初速は v0 cosθ なので、

 

    x = v0 cosθ × t   ・・・(1)

 

となる。ここで、t は蹴ってからの時間。(速さ)×(時間)で動いた距離。

 垂直方向、y 方向は、下向きに重力 mg がかかっている。m はサッカーボールの質量、g は重力加速度。上向きの初速は v0 sinθ なので、

 

    y = -( 1 / 2 ) g t2 + v0 sin θ × t   ・・・(2)

 

(1)から t = ・・・として(2)の中の t を消去すると

 

    y = -g / ( 2 v02 cos2θ ) ×x2 + x tanθ  ・・・(3)

 

と、放物線の式が得られる。x = 0 以外での点での y = 0 となるx が到達点なので、(3)で y = 0 として

 

    x ( -g / ( 2 v02 cos2θ ) ×x + tanθ ) = 0

 

の x = 0 以外の解を飛距離 s とすれば良い。こうして、

 

    s = ( v02 / g ) sin 2θ

 

が得られる。飛距離の最大値は sin 2θ = 1 となる角度で得られるので、2θ= π/ 2、つまり θ= π/ 4 ラジアン = 45 度 でサッカーボールを蹴り出せばよいことがわかる。このとき、最大飛距離は

 

    s = v02 / g    ・・・(4)

 

と、初速 v0 と重力加速度 g で得られる。

 

 次に、ボールにバックスピンをかけて、ベルヌイの定理を使ってみよう。

 サッカーボールのような球体にはベルヌイの定理が厳密には成り立たないが、そこは単純化、簡単化で、近似したとことにしておこう。

 まず、初速だ。もし回転をかけなければ、ボールを質点とみて、運動方程式、つまり

 

    (力)=(質量)×(加速度)   ・・・(5)

 

で、最初静止したボールに力を加えて、すなわち蹴って初速 v0 を与える。速度の変化に要した時間を Δt とすると、加速度は、

 

    (加速度)= ( v0 - 0 ) / Δt

 

となる。ここで、Δt → 0 とすれば良い。今、Δt は微少だが有限としておけば、ボールに与える力を f として、(5)は

 

    f Δt = m v0

 

となる。左辺が「力積」。

 

 本当は剛体回転の運動方程式を立てないといけないが、先に記したように、何か足りなかったので、正しいかどうかわからないが、以下のようにエネルギーで考えてみる。回転を与えないようにドンピシャ蹴りだすと、初速 v0 を与えられるのだが、ボールに回転を与えたので、その分、ボールの並進の運動エネルギーが一部回転のエネルギーに使われ、初速が v0 から v へと小さくなったと考える。そうすると、力積 fΔt で与えた運動では、与えた運動エネルギーは、ボールに回転させなかった場合と回転させた場合で同じとして

 

    E = ( 1 / 2 ) mv02

     = ( 1 / 2 ) mv2 + ( 1 / 2 ) Iω2 ,    ・・・(6)

    ( I = ( 2 / 5 ) m R2 )

 

となる。ここで、I は球の主慣性モーメントと呼ばれる量で、回転のし難さ・し易さを表している。ω は回転の角速度で、1 秒当たりの回転角をラジアンで測っている。また、主慣性モーメントに現れた R はサッカーボールの半径。こうして、(6)から、

 

    v = √[ v02 - ( 2 / 5 )・R2ω2 ]

 

が得られる。回転へエネルギーが費やされるため、与えた初速 v が、回転のない場合の初速 v0 より小さくなった。そうすれば、(4)で、初速 v0 を v で置き換える必要があるので、最大飛距離は小さくなる。

 

 が、しかし。

 

 サッカーボールにはバックスピンが掛けられているので、ベルヌイの定理からボールに揚力が働くはずだ。そこで、ボールの上側の空気の速度を v、ボールの上側にかかる圧力を p、下側のそれらをそれぞれ v、p としよう。ボールの上下とも、空気の流れは水平と仮定・簡単化して、ボールを基準にすると v cosθ の水平方向の空気の流れを感じているはずだ。そこに、ボールの回転による空気の流れの擾乱があるはずだ。ボールの上側のボールの表面は Rω の速さで空気の流れと同じ向き、下側は Rω の速さでボール表面は空気の流れと逆向きに動いている。R はサッカーボールの半径、ω はボールの角速度で、エネルギーのところで既に出てきた。このボールの回転の影響で、それぞれの流速は

 

    v = v cosθ + aRω

    v = v cosθ- aRω

 

となると仮定しよう。ここで、a ( 0 ≦ a ≦ 1 )という未知のパラメータを入れておいた。どれくらいボールの回転で流速に影響が与えられるかわからないので、こうしておく。初め、a = 1 として計算してみたが、揚力が大きくなりすぎることに気づいたので、こうしておいた。また、最大の飛距離を求めたいので、θ= 45 度に取る。こうしてcos θ= 1 / √2 だ。

 媒質である空気の密度を ρ とすると、第 120 回のとおりベルヌイの定理から

 

    ( 1 / 2 ) ρv2 + p= ( 1 / 2 ) ρv2 + p

 

となる。こうして、ボールにかかる圧力のアンバランス

 

    p - p = ( 1 / 2 ) ρ ( v2 - v2 )

          = √2×ρa2 v R ω

 

が得られる。力は(圧力)×(面積)なので、サッカーボールの断面積は πR2 だから、揚力を考慮して、ボールに働く力 F は

 

    F = mg -πR2 ( p - p )

 

となるが、“有効重力加速度” ge を勝手に定義して、下向きの力 F を有効重力加速度を用いて

 

    F = mge

 

と書き直すと、

 

    mge = mg -πR2 ( p - p )

 

すなわち

 

    ge = g -√2×π ρa2 v R3 ω / m

 

となる。こうして、揚力のおかげで少し小さくなった“有効重力加速度”のもとで、サッカーボールの最大到達距離は、(4)で v0 を v に置き換え、g を ge に置き換えて

 

   s = v2 / ge

    = ( v02 - ( 2 / 5 )R2 ω2 ) / ( g - √2×π ρa2 R3 ω√[ v02 - ( 2 / 5 )・R2ω2 ] / m )

                             ・・・(7)

 

と得られる。ここで、“サッカーボールの回転数”を n とする。これは1秒当たりの回転数。すると、角速度とは

 

    ω= 2πn

 

の関係になる。1 回転は 2π ラジアンだから。

 

 さぁ、数値を代入してみよう。

    空気の密度 : ρ= 1.166 kg / m3   (20 OC )

    重力加速度 : g = 9.8 m / s2

    サッカーボール(5号)の半径 : R = 0.11 m

    サッカーボール(5号)の質量 : m = 410 ~ 450 g

                     間をとって 0.43 kg

 

 サッカーコートは1 05 m × 68 m だそうなので、ボールに回転をかけないで長い方の半分、52.5 m 飛ばせるとすると、その時の初速は

 

    v0 ≒ 22.7 m/s

 

となる。こうしておくと(7)は

 

    s = ( 515.29-0.1910×n2 ) / ( 9.8-0.1007×n×a2×√( 515.29-0.1910×n2) )

 

となる。

 a を変えて、回転数 n に対する最大飛距離 s をグラフにしてみよう。

 

 

 

 サッカーボールの平均回転数は 8 回転 / s らしい。大体 4 から 10 回転程度だそうだ。たとえば、図から、a = 0.1 では、回転数が 4 あたりで最大飛距離が出るが、回転数が多くなれば飛距離は小さくなる。揚力で得をするより、ボールの回転にエネルギーが取られすぎというわけだ。a = 0.15 では、1 秒当たり 7 ~ 8 回転のとき、飛距離が最大になる。

 まぁ、単純化・理想化・簡単化・怪しい近似を思いっきりしたので、数値にあまり意味はない。言いたいのは、飛距離を最大にする回転数が存在するかもしれないぞ、ということ。

 

 先生、どうですか? お怪我は治りましたか?